講座92 「ひらがな」の教え方は学校によってバラバラです。
2.どの平仮名から教えるのがいいか?
3.では「あ」をどうするか?
4.どれを選ぶかで教え方まで変わる
5.「あかねこひらがなスキル」を例に
6.有機的に教える
7.下村式口唱法
1.学校で「最初に習う」平仮名は?
(1)あ
(2)い
(3)つ
(4)く
(5)し
どれから習うと思いますか?
お子さんが小学校一年生であれば、ちょうど今頃習って来ているはずですよね。
法令での基準はどうなっていると思いますか?
文科省の現『学習指導要領』の国語科には次のように書いてあります。
平仮名及び片仮名を読み,書くとともに,片仮名で書く語の種類を知り,文や文章の中で使うこと。
これだけです。
じゃあ、いつまでに、何個書ければいいんだ!
という場合は、もう一冊、『解説編』というのに書いてあります。
平仮名の読み書きについては,各教科等の学習の基礎となるものであり,第1学年でその全部の読み書きができるようにする必要がある。
一年生のうちに
全部
ここまでが「全国共通」です。
「何学期までに」とか、「どの平仮名から」とかの具体的な中身は「各学校」が年間指導計画などで決めることになっています。
【結論】最初に習う平仮名は学校によって違う。
でも、私が知る限り、「何学期までに」とか、「どの平仮名から」教えるとかを計画している学校は見たことがありません。
私が教務主任の時に心血を注いで作成した年間指導計画では「7月にひらがなの表」「8月からはカタカナ」という表現で計画していました。
これは暗黙のうちに「ひらがなは7月までに」という意味で、「1日1つか2つ」で教え終わりますよ、という目安になります。
この目安がないと、1日に5つも6つも教えてしまう先生も出ちゃうんです。
でも、計画はそこまでで、「どの字から」という順序までは決めていませんでした。
「どの平仮名から教えるか」については学校としても決めていない場合が多い(多分ほとんど)。
ということは、
【結論2】最初に習う平仮名は各先生が決めている。
学年でそろえている所もあるでしょうけど、その場合も含めて「各先生」が決めている。
これが日本の現状だと思います。
「ひらがな表」の元祖は、明治37年(1904年)の『尋常小學書キ方手本』と言われています。
そこから100年以上が経っていますが、「どの平仮名から教えるか」については「先生任せ」が続いているのではないかというのが私の認識です。
いや!うちの学校では「どの平仮名から教えるか」が決まっているという学校がありましたら、ぜひご連絡ください!貴重な問題提起になるかも知れません!
2.どの平仮名から教えるのがいいか?
(1)あ
(2)い
(3)つ
(4)く
(5)し
では、どの平仮名から教えるのがいいか?この5つを例にとって考えてみます。
本当はこれ以外に「へ」も入れたいのですが、やんちゃな男の子を刺激しそうなので外しました。(^^)/
ということで、この5つです。
まず、絶対に扱わない字からいきましょう。
5つの中で、絶対に最初に教えない字があります。
これは教師以外の人でも見抜けるんじゃないでしょうか?
そうです!それは「あ」です。
理由はシンプルです。書くのが難しいからです。
「あ」を教えるのなら、その前に「の」や「め」を教えておきたいですよね。
「易から難へ」というのは教え方の基本原則です。
ここまでなら、教師以外の人でも見抜けたと思います。
しかし、「あ」に関しては、これだけではダメです。
指導原則以外に「子ども観」というのが必要です。
「子ども観」というのは「子どもを見る目」「子どもの気持ちに寄り添える頭」です。
どういうことかと言いますと、
小学校一年生というのは早く学校で勉強を習いたいんです。
入学式に「学校で頑張りたちことは何ですか?」ってインタビューされると、一年生は「算数!」と答えます。
幼稚園とは違った勉強をしたいわけですね。
平仮名はだいたいの子が知っているので「国語!」と叫ぶ子はほとんどいません。(^^)/
小学校一年生の本心は「入学式のその日から算数を習いたい」なのです。
でも、実際に学校が始まると、トイレの使い方や職員室の見学など、勉強とは関係のない活動がズラーっと待っています。もったいないですね。せっかく勉強意欲に燃えているのに。
でも、「子ども観」を持っている先生はこのことをちゃんと知っています。
慌ただしい最初の数日間の中でも、何とかして勉強らしい勉強をさせようと工夫します。
その気持ちを汲んであげるのが「子ども観」です。
そして、その中にあって、平仮名の「あ」は子どもにとって特別なんです。
「つ」や「し」や「く」を出しても不満そうにします。
一年生としては「あ」を最初に習いたいのです。
あいうえお表の最初の文字だからですね。
もう、頭の中で覚悟してるわけですね。「学校に行ったら『あ』を習うんだ!」って。
この気持ちを汲み取るのも「子ども観」です。
子ども観は鍛えることができます。
①子どもがいない場でその子のことを思い出してみること
②子どもがいるときにその子とたくさん遊んだりおしゃべりしたりすること
急には身につかないので、決まった時刻にルーティン化するのがオススメです。
「中休みの最初の半分だけは子どもと遊ぶ」とか、「放課後に机やいすを消毒する時に一人一人のその日の姿を思い描いてみる」などです。
3.では「あ」をどうするか?
「あ」が難しいことについては書きました。
しかし、「あ」を外すにもテクニックがあります。
「先生!『あ』をやってよ!」「(みんな)やろう!やろう!」
そういう雰囲気になった時にどのように対応したらいいと思いますか。
ここは大事なところです。
神妙な顔をするとことから教師の演出が始まります。
「いいですか。みなさん」と話を区切りながら、ゆっくりと、重く、話し始めます。
「平仮名の『あ』というのは、とてもとても、とてもが10個くらい付くほど難しいんです」
「難し過ぎて鼻血を出しちゃうかもしれない」
「難し過ぎて泣きながらおうちに帰っちゃう子がいるかもしれない」
「だから、今は教えません。もう少し、他の平仮名が上手になった時に教えます」
「それまでとっておきます。」
などと脅すわけですね。
これもまな「子ども観」から来る指導方法ですね。
子どもたちは「あ」を習う日を楽しみにします。
4.どれを選ぶかで教え方まで変わる
(1)あ
(2)い
(3)つ
(4)く
(5)し
残り4つになりましたね。
ベテランの先生には常識かもしれません。
書くのが簡単なのは「く」「し」「つ」の順です。
まず、全部一画だという点。
次に「く」は「とめる」だけ、「し」は「はらう」があるのでやや難しい。
「つ」は「はらう」時に小指球を軸に大きく動かさなければならないので一番難しいですね。
従って、教える順序としては「く」→「し」→「つ」がいいだろうと考えます。
ただし!
話はこれで終わりません。
この時に、教師は次の2タイプの教え方に分かれます。
(A)「い」を選ぶ → 教科書に出て来る順で「ひらがな」を教えて行く
(B)「く」「し」「つ」を選ぶ → 教科書は無視して「書きやすい順序」で教えて行く
(A)と(B)では使う教材も違って来ます。
(A)だと教科書に準拠した「ひらがなスキル」などの教材を併用することで可能になります。
(B)だと教科書の順序とは別に、「ひらがな」は「ひらがなの時間」として手作りプリントなどを使って練習させるケースがおおいのじゃないでしょうか。
それぞれに教え方のロジックがあるので、どちらがいいとは言えませんが、
現在の社会状況を考えると、教科書に準拠した「ひらがなスキル」の方を選びたいですね。
手作りプリントは手間がかかるのです。
プリントに書く→印刷する→配る→集める→マルをつける→ファイルに保管する
これを毎日やるわけです。
一方の「ひらがなスキル」は「印刷製本されている・カラー・配らなくても持ってる・綴じる必要もない」ということで、教師の働き方が全然違ってきます。
というわけで、私の場合は教科書通り(「ひらがなスキル」通り)の「い」から教えます。
ちなみに、教科書に出て来る平仮名の最初が「い」なのは、たまたま「いちねんせい」の「い」だからです。
あんまり考えられていないんでしょうね。
ま、教師側としては、どんな順番で来ても対応できる教え方がありますから心配ありません。
次はその教え方について見ていきましょう。
5.「あかねこひらがなスキル」を例に
これは光村教育図書の「あかねこひらがなスキル」という教材です。
「いちねんせい」の「い」から、つまり教科書順ですね。
ただ、「4番」とありますね。
実はこのページの前に「運筆練習」といって、マルやカーブを書くページがあるのですが、その中に「つ・く・し」も出て来るんですね。正式な平仮名練習ではありませんが、平仮名を早く書きたいだろうという「子ども観」によりそって、そんなページも用意されています。
それはそうとして、ここからが「ひらがな指導」の本番ですよ。
この「ひらがなスキル」を使って、どうやって指導するかです。
まず、机の上を整理しますよね。余計な物はしまわせる。
次に、スキルにちゃんと「アイロン」をかけているか。
問題はその次です。
鉛筆を持たせません。
「ひらがなの『い』には難しいところが二つあります」
「一年生には無理かな」
「どこが難しいかわかりますか?」
などとじらします。「あ」の時と同じですね。
「ホントに書ける?」
とか言って、
「これからみんなに『指書き』をしてもらって、それが上手に出来たら鉛筆てもいいことにします」
というルールにしちゃうんですね
①スキルの大きい字の上で指書き(イーチ、ニ)と唱えながら指を動かします。
②「ああ、今「イーチ」ではねた人?よくわかったね!ここちょっとはねるんだね」
③「これは『はねる』と言います。言ってごらん」
④「もう一回やるよ」「(イーチ、ニ)」「今「ニ」でとめた人?」
⑤「これは『とめる』って言います」
⑥この「はねる」と「とめる」があるから難しいんだ。一年生には厳しいかもしれない。
まだそんなことを言って焚きつけます。
そして、よし、それならという段になって、
次は空中(先生の方に指を向けて)全員一斉に指書きをさせます。もちろん唱えます。
指書きのポイントは「書き順を口で唱える」ということですが、
この時にですね。唱え方を聴いていると「イーチ」の時にはねてる感じ、「ニ」で止めてる感じの言い方になってくるはずです。その空気を教室全体で感じられたら最高ですね。
「書き順」の中に「書き方」を溶け込ませる。
その一体感、そろった感じが出たら、うんとほめてあげてください。
指書きクリアです。指書きは何度でもすぐに取り組めますし、不器用な子も目立たないうちに練習ができます。
超重要なシステムです。
その時に、ちょっとだけ次の工夫を入れるとさらにパワーアップします。
同じ「イーチ」でも「はねたり」「まわしたり」「のばしたり」といろんな平仮名があります。
これらは「ひらがな」を構成するパーツであって、何度も出て来ます。
ですから「書き順」の指導と同時に「ここははねるよ」「ここはとめるよ」と言葉(用語)を入れてあげると、5月、6月と、どんどん自分たちで「構造」と「書き順」を理解していくようになります。
「ひらがなスキル」に書いてある「とめる」「はねる」などの小さい字も何気なく口にしてあげるのです。
さっきの①~⑥のような程度で十分です。スキルにも出てますしね。
これを続けていると子どもが自分で「とめる」「はらう」を意識するようになります。
「じゃあ、みんな合格したから鉛筆を持って!」
まだ書いちゃダメです!鉛筆の正しい持ち方ができている人からです。
鉛筆の持ち方には様々な持ち方のコツがありますが、そんなのをいちいち指導していたのでは身になりませんので言うならひとつ!
「小指と薬指がノートにそっと付いているかな?」くらいでしょう。
あとは、姿勢。使う言葉は「腰骨を立てなさい」です。
ここまで出来て、ピーンとなったところで、教師は声を低めて、
「3つ書けたら見せにいらっしゃい」と言って前に座ります。
この3つは、薄く字が書いてあるので「なぞり書き」という練習です。
書けた子が見せに来たら次々とマルです(ハネとトメだを見て、それがちょっとでもあったらマルです。多少ずれててもいいのです)。
「きれいに書く」は放っておいても大丈夫な子です。心配な子にどう対応するのかこそが教師の仕事です。多少いびつでも、「その日のポイント2点を素直に書いた」という子にもマルをあげます。そういう子こそ教師の元で伸びる子なんです。
マルをもらった子は残りの3マスを書きます。これはお手本がないので「うつし書き」と言います。
この3マスは一人ずつマルをあげていたら列ができてしまいそうなので先生に出して終わりにしてました。
私はあとでマル付けをしてお便りにつかってたりしてましたね。
「ひががなスキル」を持ち替えさせるかどうかも悩ましい問題で、「持ち帰らせると忘れ物が出る」「教室保管だと家の人が見られない」一長一短なんです。学校で判断してください。
6.有機的に教える
「い」の書き方の練習はこれで終わりです。
となりに「ち」もありましたけど、私は「一日一字」で7月までには終わるようにしていました。
別に「2字」でも負担にならないと今は思ってます。
それよりも大切なのは「使われ方」の勉強です。
「い」のつく言葉を集めましょう。
そういう発表の時間を設けるのです。
これは「書く」勉強と展開が異なります。
「自分の考えを手をあげて答える」「誰かの発表を耳で聞いて受け取る」
そういうコミュニケーションの学習です。
そして、もう一つ重要な要素があります。
有機的に教える。
文字の練習というのは機械的な無機質な学習です。
今度はそれをガラッと変えて、有機的・人間臭く・生活臭く教えるのです。
たとえば、「『い』のつく言葉ななんでしょう?」「はい、『いか』です」
先生が黒板に「いか」と書く。子どもが国語のノートに「いか」と書く。
「はい、他に?」
これが無機質なんです。
A君が「はい、『いか』です」と答えたなら、それを引き取って、
「おっ!先生はイカが大好きです!回転ずしでは『柚子塩のイカ』を必ず頼みますよ!」
などという雑談を挟むのです。
これを「有機的に教える」と言います。
脳内の「エピソード記憶」に近い処理が行われるはずなので、記憶に残りやすくなります。
「先生はイカが好きなんだ」ということをずうっと覚えていたりします。
勉強にはそういう「なごやかな」「応答し合う」空間も必要です。
「ひらがなスキル」の中にある挿絵は、そのような想像を助けてくれます。
書く練習のときは「凛として」、発表の時は生き生きと。
音読10分、発問10分、文字10分、発表10分、などと組み立てて、毎回同じにすると授業は安定するものです。
計画も大事。だけど、脱線も大事。(^^)/
7.下村式口唱法
最後におまけです。
書き順を「数」で唱えるのではなく、「書き方」で唱えさせる指導法もあります。
これを補助的に使うことによって、難しい「漢字」や「ひらがな」が書きやすくなる場合があります。
たとえば、「ね」だと難しいですよね。「イチ、ニーーーーー」の「ニ」が長過ぎます。
口唱法だとこうなります。
①たてぼうで
②よこかき ひっぱり
③まわして
④たまご
これを私はちょいと拝借して、
①たてぼうで
②よこかき ひっぱり
③まわして
④むすぶ
指書きの時に、この言い方でスキルの上をなぞらせます。
これに慣れた段階で次に「イチ、ニーーーーー」で指書きをさせます。
つまり、普段より多く「指書き」をすることになります。
そして、もちろん、この時には次のように言ってあげます。
「じゃあ次、先生ね。『よこかきひっぱり』とか言わないけど、できるかな」
そして、もちろん、出来たらほめます。
「すごい!先生、言わなくても肩の所『ひっぱった』ね!」
あと1、2回指書きをさせてから、いよいよ鉛筆を持って「なぞり書き」です。
そうやって練習を細分化させ、変化をつけて回数を増やし、やる気も引き出していくわけです。
師である向山洋一先生は次のような問題提起をされていました(私の記憶違いでなければ)。
学年が上がるにつれて手を挙げて発言する子が少なくなるのはどうしてなのか。
「ひらがな」って、結局は書けるようになるじゃないですか。
それじゃあ「教え方」はどうでもいいのか?
今回の記事を書きながら、この問題提起が私の頭の中に浮かび上がりました。
結局ここなんですよね。
あれだけ意欲的だった小学校1年生が6年間のうちに勉強嫌いになってしまう(そう断じてもいいですよね)。
その原因はどこにあるのか?
「ひらがな」が書けるという結果ではなく、
学校教育という過程に問題があるのではないか。
今でもこの問題は解決していないと思うのです。
弟子なのに出典わからず情けない。涙
追記 『教師修業十年』でした!涙
追記2 大正期の学校では、一年生で片仮名、二年生で漢字、三年生になって平仮名を習ったという記録もあります。(「大正期の小学校」)
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