講座377 「平等」っていいことなの?

学校って「平等」が好きなんです。

「みんないっしょに」とか、

「みんなとおなじことやりなさい!」とか、

同じことをさせるのが学校と言ってもいいくらいです。

今回は学校の「平等」について解説してみました。

 目 次
1.「できない子」はできないまま
2.悲しい教師の世界
3.運命の出逢い
4.私の教育観

1.「できない子」はできないまま

私が先生になって一年目のことです。

大学では授業の仕方を習わないのに授業をしなきゃいけなくなります。

小学生だった時に受けた授業のことは記憶の彼方です。

先生はどんな風に授業をしていたかな?

当時は子供ですからね。

もう覚えていません。

しかも、受ける側の立場でしたからね。

教える側の世界って全然違うんですよ。

記憶にあるのは生徒がほとんど居眠りしていた高校時代のツマラナイ授業スタイルです。

先生が説明ばかりする授業です。

先生がやたらに黒板に字を書く授業です。

そんなのはツマラナイので思い付きでギャグを混ぜたりします。

ウケればいいのですが、スベルと最悪です。

いつの間にか授業の目標は「いかにウケるか」になっていました。

そんなことをしていたら結果どうなるか想像できますか?

勉強が「できる子」はできるまま
勉強が「できない子」はできないまま

そういう結果が待っていました。

そして、恐ろしいことに、学校社会ではそれが当たり前だという風になっていました。

それどころか、

「勉強ができないのは勉強をしない子どもが悪い」

そんな空気なのです。

それだけではなく、

「そういう地域なんだ」とか、

「そういう家庭なんだ」とか、

「塾行ってないからだ」とか、

「え?学校の責任じゃないんですか?」

と、若い教師がびっくりするような世界が「学校」でした。

2.悲しい教師の世界

当時は、まだ駆け出しで、よくわからなかったのですが、

学校の側にも言い分があったようです。

学校は、授業で、みんなに同じように教えてるじゃないか。

なるほど。確かにそうです。

だから、

・授業中に話を聞いていない子どもが悪い

・授業後に家で復習をしていない子どもが悪い

そういう考え方だったのです。

こういう世界ですから、

結果はこうなります。

できる子は「できる子」のままで次の学年に上がる。
できない子は「できない子」のまま次の学年に上がる。

そのくり返しでした。

これを英語では「Equality(イコーリティ)」と言います。

絵で表すとこうなります。

日本語にすると「平等」です。

みんなに平等に台を与えていますよね。

これが平等の考え方です。

学校は、授業で、みんなに同じように教えてるじゃないか。

若い頃の私はこの考え方で授業をしていたわけです。

3.運命の出逢い

ところが、ある時に私の運命は変わります。

「そんな授業をしていちゃ駄目だよ」と言ってくれる教師に出逢ったのです。

向山洋一先生でした。

向山先生の主張は衝撃的でした。

「できない子」をできるようにさせ、
それと同時に、「できる子」も熱中して取り組む授業をする。

「え?そんなことできるの?」

とは思いませんでした。

なぜなら、向山先生がされている授業はすべてそうなっていたからです。

すでにこの世に存在していたからです。

それをシンプルな言葉で解説された時に衝撃が走ったわけです。

絵で表すとこうなります。

英語では「Equity(エクイティ)」と言います。

日本語だと「公正」です。

その子に応じて見えるようにさせています。

最近の言葉だと「個別最適化」ですね。

その結果、全員が野球観戦を楽しんでいますよね。

これは「全員が授業に参加できている状態」と同じです。

野球観戦に熱中させるのは「熱中する授業」をするようなものです。

そして、その授業に参加させるのは「全員」でなければダメです。

どの子も参加させる。

そのためには、同時に、できない子をできるようにさせる手立ても必要なんです。

「え?そんなことできるの?」

できます。

明治初期に学校教育が始まってから150年くらい経っています。

その間に日本各地でたくさんの先生方が研究努力を重ねてきました。

「どうやったら勉強が苦手な子を救えるか?」

「どうやったら全員を参加させられるか?」

「どうやったら楽しい熱中する授業になるのか?」

その研究結果が今に残っています。

「できない子」をできるようにさせ、
それと同時に、「できる子」も熱中して取り組む授業をする。

その手立ても存在しているのです。

私はそれを知ったときに雷に撃たれたようなショックでした。

「ああ、今まで何をやって来たんだろう…」

「今からでも遅くはない。勉強してそのスキルを身につけなくては!」

そう思って、今までもよりもさらに熱中して勉強しました。

教師の勉強には「果て」がないんですね。

4.私の教育観

このイラストはデューク大学が運営している「Teachers Workshop」というサイトのものです。

平等と公正の違いについては、Twitterなどで様々な情報が飛び交っていますが、

解釈がバラバラで和訳もかなり違います。

私にはデューク大学のイラストが一番理解しやすかったので使わせていただきました。

もともとは「平等」と「公正」だけではなく、「現実」と「解放」が加わります。

見ての通り、「現実」は格差社会です。

「解放」はフェンスさえも取っ払った自由な世界です。

教育は、現実社会に出るまでに「生きる力」を身につけさせるシステムですから、

最初から解放はあり得ません。

手を添えつつ、世の中の素晴らしさを見せていく必要があると思います。

そして、その添えた手が、いつしか不要になるような育て方が「子育て」でしょう。

それが私の教育観です。

《この講座のYouTube動画》:教育観の作り方「平等」から「公正」へ

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水野 正司

子育て応援クリエイター:「人によし!」「自分によし!」「世の中によし!」の【win-win-win】になる活動を創造しています。

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8件のフィードバック

  1. 大北修一 より:

    すばらしい。分かりやすい。息子夫婦にも紹介します。

  2. 杉本一恵 より:

    会でもシェアしていきます!

  3. 畠山文 より:

    ずっと水野先生のブログを読んでいると、自分はずっと勉強や努力が嫌いで駄目な子供だったと思っていましたが、もしかしたら自分のせいだけでは無かったのかな?と感じます。

    毎日忘れ物をしていて、机の中はグチャグチャで、宿題がとにかく嫌いで6年間宿題をやっていった記憶が無い、夏休みの宿題さえ提出していませんでした。友達の輪に入れず、休み時間ずっと教室で本を読んでいる子供でした(笑)。

    支援とか個別最適化、そんな考えやシステムがあったら違ったのかな?そんな風に感じます。好奇心の塊のような子供達は、本来みんな勉強大好きだと思います。そんな子供の応援団になれたらと思います。

  4. まき より:

    昨日、算数セミナーで、向山先生の特別支援対応について学びました。
    それぞれの子が伸びていくのに必要な支援をするのが教師の務めですね。
    向山先生、水野先生の思想を受け継ぎ、教壇に立ちたいです。

    • 水野 正司 より:

      今、この講座のことを更に追究しています。
      equity(公正)という言葉はどうもしっくり来ないのです。
      そこで、fairnessを使って、日本語訳は「対等」にしようかなと思っています。

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