講座300 思いやりを育てる方法(中編)
「思いやりの育て方」(講座299)の続きです。
前回は①~④を解説しました。
今回は⑤と⑥です。
①大人からの視線によって「人との二項関係」を築く(新生児期~)
②おもちゃによって「物との二項関係」を築く(5ヵ月頃~)
③共同注視によって「三項関係」を築く(1歳前後~)
④イヤイヤ期を通して自分の気持ちを「言葉」にできるようになる(1歳半頃~)
⑤一次の「心の理論」を獲得する(4歳頃~)
⑥二次の「心の理論」を獲得する(9歳頃~)
2.「心の理論」には2つのレベルがある
3.学校生活に「心の理論」は不可欠
4.「思いやり」は学力?
5.言葉遣いが悪いとどうなるか?
6.まとめ
1.「心の理論」って何?
これは4歳くらいに獲得する能力です。
相手をビックリさせてやろう!
と思える子は「心の理論」が育っています。
なぜなら、
自分はビックリ箱だと知ってるけど相手は知らないから驚くはずだ。
と「相手の心の中」をわかっているからです。
心理学的に言うと、
「自分の心の中」と「相手の心の中」を分けて理解している
ということです。
これを「心の理論」と言います。
この「心の理論」には2つのレベルがあります。
それを次に解説します。
2.「心の理論」には2つのレベルがある
【一次】:「B君、なんだか困っているみたいだったなあ」
と、A君がB君の気持ちを想像したとしましょう。
「自分の心の中」と「相手の心の中」を分けて、相手の心の中を想像理していますよね。
これを「一次の心の理論」と言います。
4歳くらいでこうした考え方を獲得すると言われています。
それに対して「二次の心の理論」はもう一段階複雑です。
【二次】:「C君は、B君が困っているのに無視してるみたいだったなあ」
これはC君の心の中を想像しています。
超ていねいに説明すると次のようになります。
C君は、B君が困っているのに無視しているのではないかと、A君は思っている。
A君の頭の中にC君の頭の中が浮かんでいる状態を説明したわけです。
これを心理学的には次のように表現します。
C君は、B君を無視してやろうと思っていると、A君は思っている。
「思っている」が2回出て来て、ややこしいですよね。
でも、C君の気持ち(頭の中)を想像するにはこんな感じで「思っている」を2回使います。
これを「二次の心の理論」と言います。
そして、これが出来るのは9歳くらいだと言われています。
3.学校生活に「心の理論」は不可欠
「二次の心の理論」は複雑なように思えますが、実は日常生活の中で頻繁に使われます。
特に、学校においては「集団生活の中」や「授業の中」で使われます。
たとえば、
教室の中で友達が無視されている場面を目撃したとします。
A君は、「あ、B君が無視されている」と気づきます。
それとほぼ同時にA君はB君の気持ちも想像するでしょう。
「B君は困っているみたいだ!」
と同時にA君は周囲の様子も見ることでしょう。
「B君が困っているのにどうしてC君は冷たくするんだろう…」
「もしかするとC君のことが嫌いなのかな?」
「いや、何か誤解しているのかも知れない!」
そんな風にA君はこの状況について考えます。
A君はC君の頭の中を考えている = 二次の心の理論
こういうことなら日常生活の中でよくありますよね。
学校でも職場でも、人間関係を必要とする空間では、しょっちゅう起こることです。
他人の頭の中を考える能力は集団生活において必要とされる
その能力が獲得されるのが9歳頃なんです。
4.「思いやり」は学力?
それが幼稚園児や小学校低学年の場合は、まだ未発達なので「幼いから仕方ない」って感じになります。
でも、高学年になって相手の気持ちを考えられないようだと先生や親から説教されちゃうかも知れませんよね。
「もっと相手の気持ちを考えなさい!」
中学・高校の保護者が我が子に「思いやり」を願うのはそういう理由なのでしょうか?
相手の気持ちを理解できない子が増えている?
だから多くの保護者が我が子に「思いやり」を期待するのでしょうか?
相手の気持ちを理解できない。
状況を理解できない。
そういう子どもが増えているという声は確かに聞かれます。
日本女子大学附属中学校の椎野秀子校長は、長い教員生活で近年特に国語力の弱まりを実感しているという。感じる、想像する、表現するといった力が不足している生徒が明らかに増えているそうだ。(石井光太『ルポ誰が国語力を殺すのか』)
ここで「国語力」という言葉が出てきました。
実は、小学生以上になると「思いやり」は「国語力」に置き換えることが可能になります。
相手の気持ちを感じる、想像する、表現するという能力を読解力として評価できるのです。
そして、この読解力が低下しているデータは確かに存在しています。
2003年調査で読解力が下がった時は「PISAショック」と呼ばれ、文部科学省が「脱ゆとり教育」を本格化させました。
それでも前回の2018年の調査では他の学力と比較して読解力は大きく低下しました。
この読解力の低下と「思いやり」は関係あるのでしょうか?
文部科学省は「国語力を身に付けるための国語教育の在り方」という資料の中で「発達段階に応じた国語教育の具体的な展開」を求めています。
左下に「乳幼児期」とあります。
国語力は0歳から身につけ始めるものなのだ、という見解なのです。
資料では次のように書かれています。
生後から3歳にかけて,前頭前野の神経細胞は急激に成長する。乳幼児の脳の発達に最も重要なのは,親子のコミュニケーションである。
言ってることは分かりますが、その方法を具体的に言えますか?
あれですよ!
【新生児期~】視線によって「人との二項関係」を築く
【5ヵ月頃~】おもちゃによって「物との二項関係」を築く
【1歳前後~】共同注視によって「三項関係」を築く
【1歳半頃~】イヤイヤ期を通して自分の気持ちを「言葉」にできるようになる
文科省の資料にある乳幼児期の「国語力」とは、このことだと私は認識しています。
まさに「思いやりの育て方」です。
図が示すように、その土台には言葉(語彙力)があって、左側(乳幼児期)に大切なのは「情緒力・想像力」です。
つまり、左半分は「思いやり」のレベル1(一次の心の理論)を指していると言えるでしょう。
では、右半分は?
それを次に解説します。
5.言葉遣いが悪いとどうなるか?
国語力の右半部にあるのは「論理的思考力(考える力)」です。
これが二次の心の理論です。
引き続きA君、B君、C君の事例で考えてみましょう。
A君の頭の中はこうなっていました。
A君は「B君が困っているのに…」といろいろ考えていますよね。
これを「考える力(論理的思考力)」と言います。
この「考える(論理的思考)」というのと、「感じる・想像する」というのとでは何が違うのでしょう。
【一次】:「B君、なんだか困っているみたいだったなあ」
これは「感じる・想像する」です。
1次の心の理論ですね。
「考える(論理的思考)」は2次の心の理論です。
【二次】:「C君は、B君が困っているのに無視してるみたいだったなあ」
この「のに」が重要です。
「のに」を使って操作しているのです。
「感じる・想像する」と「考える(論理的思考)」の決定的な違いは「操作」なんです。
一次の心の理論では、「困っているみたいだなあ」などと漠然と思っていればいいわけです。
それでも自分と他人を区別して気持ちを言葉にできているわけです。
ところが二次の心の理論では、操作が必要になります。
言葉を道具として使うのです。
その道具となる言葉が「助詞」や「操作語」や「論理語」などと呼ばれるものです。
こんな会話を耳にしたことはありませんか?
男子A「あのゲーム、くそヤバかったっしょ」
男子B「ああ、エグかった」
男子C「ってか、おまえ台パン(ゲーム機の台を興奮して叩くこと)しすぎ」
男子A「あれ、まじヤバかったよね。店員ガン見だから」
男子B「くそウザ」
男子C「つーか、おまえがウザ」
男子B「は、死ねよ」
男子C「おまえが死ね」(石井光太『ルポ誰が国語力を殺すのか』)
言葉遣いが悪いですよね。
でもこのような言葉を使う子どもたちは普通に存在します。
もし、こうした言葉遣いに問題があるとしたら、何が問題なのか答えられますか?
これは「言葉遣いが悪い」というマナーの問題ではありません。
気がつきましたか?
そうなんです。
助詞・操作語・論理語が極端に少ないのです。
ここであらためてこの3つについて確認しておきましょう。
まず、助詞です。
助詞というのは、
語と語をつなげたり、言葉に意味を肉付けする語です。
太郎( )花子( )怒る。
( )の中に何が入るかで、意味(受け止め方)は全く違ってきます。
助詞は大事ですよね。
念のために代表的な助詞を確認しておきましょう。
次に操作語です。
これはあまり聞き慣れない言葉だと思いますが、学校ではこうした言葉を教室に掲示して身につけさせているところもあります。
これは算数の例ですが、岐阜女子大学の貴重な資料がありますのでぜひ原典もチェックしてみてください。
次に論理語です。
A君は頭の中で3つの論理を使っていました。
B君が困っているのにC君はなぜ冷たくするんだろう…。もしかするとC君のことが嫌いなのかな?いや、何か誤解しているのかも知れない!
「のに」と「もしかすると」と「いや〜かもしれない」です。
論理語の指導は主に国語の授業(討論など)の中で行われます。
順接や逆接など重要な思考パターンと結びついています。
論理的思考をするためにはこうした言葉を必要とするわけです。
「言葉遣いが悪い」という問題は、印象が悪いといった道徳的な問題だけではなく、「助詞」や「操作語」や「論理語」の使用が極端に少なるというところにある。
6.まとめ
「思いやりを育てる方法(中編)」のまとめです。
①大人からの視線によって「人との二項関係」を築く(新生児期~)
②おもちゃによって「物との二項関係」を築く(5ヵ月頃~)
③共同注視によって「三項関係」を築く(1歳前後~)
④イヤイヤ期を通して自分の気持ちを「言葉」にできるようになる(1歳半頃~)
⑤一次の「心の理論」を獲得する(4歳頃~)
⑥二次の「心の理論」を獲得する(9歳頃~)
①~④については「育てる方法」が具体的でした。
①目を合わせる
②おもちゃを与える
③共同注視をする
④気持ちを言葉にしてあげる
今回は⑤と⑥を解説したわけですが、⑤と⑥については、獲得する時期を示しただけで、その方法を明示していません。
最後に⑤と⑥の獲得方法を整理して終わります。
まず、⑤の獲得方法を確認します。
一次の心の理論、つまり、「自分の心の中」と「相手の心の中」を分けて相手の気持ちを想像する能力は、乳幼児期の①~④によって獲得される。
「自分の認識」「相手の認識」「物の認識」「三項関係による世界の拡張」「気持ちを表す言葉の増加」などによって4歳を過ぎる頃に一次の心の理論が獲得されるということです。
例をあげると、
「B君、なんだか困っているみたいだったなあ」
というように相手の気持ちを想像することができるようになるということです。
次に、⑥の獲得方法です。
⑥を整理するためには文科省のこの図が重要です。
「情緒力・想像力」というのは一次の心の理論です。
二次の心の理論を獲得するためには「論理的思考力」が必要です。
では、どうすれば論理的思考力が育つのでしょう。
その方法は4つあります。
①ワーキングメモリを発達させておく
②言葉の知識(語彙)を増やす
③思考の道具(助詞・操作語・論理語・概念語など)を増やす
④体験(読書も含む)によって総合力を伸ばす
今回はこの中の③について解説しました。
この「思考の道具を増やすこと」においては、
「悪い言葉遣い」よりも「正しい言葉遣い」の方がすぐれていて、
「話し言葉」よりも「書き言葉」の方がすぐれています。
ですから、学校の授業では「正しい言葉遣い」を求めますし、「書かせる」という作業をたくさんさせます。
翻って、親が我が子を学校にあげる前にしておきたいことを整理します。
①言葉遣いを悪くさせない
②書くのがつらくなる鉛筆の持ち方をさせない
この2つですね。
次回は、残りの3つ、①②④について解説します。
①ワーキングメモリを発達させておく
②言葉の知識(語彙)を増やす
③思考の道具(助詞・操作語・論理語・概念語など)を増やす
④体験(読書も含む)によって総合力を伸ばす
盛りだくさんの内容をありがとうございました。
脳の成長過程が勉強になりました。
④から⑤に行くステップがとても大きく時間がかかるように思いました。
④の言葉にする過程をたくさん時間をかけることが求められるように思いました。
実はこれだけじゃないんです!
それは次回のお楽しみ!