講座527 「子育て支援」って《お金》だけでいいの?

講座526「『無償化』の落とし穴」で書き忘れていたことを書きます。
2.前回の復習➁(保育環境評価スケール)
3.第208回国会参議院予算委員会公聴会
4.費用対効果の高い政策とは何か

1.前回の復習①(「無償化」の落とし穴)
「子育て支援」って《お金》の支援だけでいいの?
これが前回の講座の問題提起でした。
《お金》ばかりかけてるけど《保育の質》はどうなるのかということで、カナダのケベック州の失敗政策を紹介しました。
①多動性が増加する
➁不注意が増加する
③攻撃性が増加する
④運動スキルが低下する
⑤社会的スキルが低下する
⑥健康状態・免疫機能が低下する
➆親が子供に対して敵対的になる
⑧一貫性の低い子育て
⑨親の健康状態の悪化
出典:Baker, M., Gruber, J., & Milligan, K. (2008) 訳:Gemini&Perplexity
原因として次の3つをあげました。
①自分で保育費を支払っていた時と比べて、我が子の教育に対する親の関心が薄れる。
②保育する子供の数が増えて保育士の負担が増し、保育の質が低下する。
③保育施設が足りなくなって、劣悪な施設が紛れ込む。
20年後の追跡調査の結果も紹介しました。
①健康状態の低さ
➁生活満足度の低さ
③犯罪率の高さ
④非認知スキルの悪化
出典:Baker, M., Gruber, J., & Milligan, K. (2019) 訳:Gemini
幼児期の「保育の質」が《長期に渡って子供達の人生に影響する》という事実です。

2.前回の復習➁(保育環境評価スケール)
そこで、「保育の質」とは何かということで、世界20か国以上で使用されているECERS(エカーズ)という「保育環境評価スケール」を取り上げました。
「6つのサブスケール」を具体的に解説しました。
①空間と家具(遊びの環境)
②養護(安全と衛生)
③言葉と文字(「保育者による読み聞かせ」と「子供が自分から絵本を取りに行き易い環境」)
④活動(手や指を使う微細運動、造形、音楽リズム、積み木、ごっこ遊び(見立て・ふり・つもり)、自然体験、数・量・形に関する体験、ICT活用、多様性の受容、体を使う粗大運動)
⑤相互関係(保育者のスキル)
⑥保育の構造(「自由遊び」「集団遊び」「異年齢交流」「退屈の排除」)
このスケールを使って調べると、次のことが明らかになります。
①《園所》によって差があること
➁園所の中でも《クラス》によって差があること
③クラスの差は《保育者》による差であること
「保育者の差」とはすなわち「保育者のスキル」です。
そして、スキル(技能)は目に見えません。
目に見えないものをどのようにして評価したり、高めたりすればよいのか?
スポーツや職人の世界と同じで、解説できる誰か(技能を見抜ける人)の存在が不可欠です。
①園所内での専門性を向上させる研修
➁個々の保育者が自らのスキルを向上させることができる環境
この2つが循環するような職場であることが理想的です。
そのためには、次の2つが条件です。
①中心となるリーダーの存在
②保育者の働き方が配慮されていること
保育士の仕事は時間との闘いです。
時間がない。
帰らなければならない。
そんな中で研修もしなければならない。
そういった日常の中で研修内容を「循環」させるのは至難の業です。
保育士の給与を引き上げるのは当然のこととして(今までが低過ぎた)、
それだけではなく、「時間の確保」「質の保障」も同じくらい大きな課題です。
幼児期の保育・教育は長期に渡って子供の人生に影響するわけですから。

3.第208回国会参議院予算委員会公聴会
以上が前回の内容でした。
そこに補足しようと思っていて書き忘れたのが第208回国会・参議院予算委員会公聴会における中室牧子氏の公述です。
令和4年(2022年)3月8日の国会です。
これは国会会議録検索システムで調べると読むことができます。
その議事録から抜粋します。
○委員長(山本順三君) ただいまから予算委員会公聴会を開会いたします。 本日は、令和四年度一般会計予算、令和四年度特別会計予算及び令和四年度政府関係機関予算につきまして、六名の公述人の方々から順次項目別に御意見をお伺いしたいと存じます。(中略水野)まず、お一人十五分程度で御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑にお答えいただきたいと存じます。 それでは、経済・財政について、公述人慶應義塾大学総合政策学部教授中室牧子さん及び東京財団政策研究所研究主幹森信茂樹君から順次御意見を伺います。 まず、中室公述人にお願いいたします。中室公述人、どうぞ。
○公述人(中室牧子君) 本日は、公述をさせていただく機会を賜り、誠にありがとうございます。 経済財政運営に関して、中でもとりわけ人への投資の効果をどう高めるかという観点で、私の専門であります教育経済学の研究成果に基づいてお話をさせていただきます。(中略水野)
我が国では、教育の質の担保を目的として、例えば保育所設置認可に代表されるような事前の規制というものが非常に重視されてきました。設置認可においては、施設の面積や保育士の数などが細かく規定され、それを満たしていないと設置が認可されません。
しかし、一旦認可を受けると、その後の事後的な評価というのはほとんど行われません。
その結果、育ち盛りの園児にスプーン一杯しか御飯を与えなかったという認定こども園に批判が集まったことは記憶に新しいところです。
どう考えても、入口の規制よりも出口における質保証に力を注ぐべきです。
これは、幼児教育のみならず、我が国の全ての教育段階で同じことが言えると思いますが、ここでは具体的に幼児教育のデータを用いて説明します。
当然、自治体において保育の質を高める取組は様々に行われていますが、その一つである第三者評価の結果を見てみると、ほぼ横並びという結果になっているものが少なくありません。
この六ページの一番上の図表を御覧ください。
これは、関東のある自治体の全認可保育所の第三者評価の結果ですが、ほとんど保育所間の差は見られないという結果になっています。
本当に保育の質に差はないのでしょうか。
下の左側の図を御覧ください。
これは、私たちの研究グループが、全く同じ自治体で全く同じ年に発達心理学分野で開発された保育環境評価スケールという指標を用いて、トレーニングを受けた調査員が保育所の観察調査の中で約四百五十程度の項目を評価した指標です。
これを見ると、保育所によってかなり大きなばらつきがあるということが分かります。
そして、下の右の方の図を御覧ください。
これは、関東の別の自治体で三年にわたって認可保育所の保育の質の評価を行ったものです。
そうすると、保育所間はもちろんのこと、年によってもばらつきがあるということが分かります。
同じ自治体から認可を受けた保育所で同じ保育料が設定されているにもかかわらず、保育所によって質に差があるばかりか、入園した年によっても差があるという状況になってしまっているのです。
アメリカやイギリス、ニュージーランドでは、私たちがここで用いたような学術的に妥当な指標に基づいて幼児教育の質をモニタリングする政府機関があり、全国規模で幼児教育の質を向上させる取組を行っています。
我が国においても同様の取組を行うことが急がれます。
経済学では、二〇〇〇年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマンらの研究業績を中心に、質の高い幼児教育が子供たちの将来の成果にプラスの影響を及ぼすことを明らかにした研究もあります。
一方で、カナダのケベック州で実施された保育料の大幅な値下げの後、子供たちの発達や学力、行動に悪影響があったということを示す研究もあります。
教育、特に幼児教育は、その質が高かった場合、プラスの効果が長期にわたって持続すると言えますが、逆に質が低かった場合、そのマイナスの効果も長期にわたって持続をします。
この意味においては、私たちが人への投資の効果を高めるために何よりも注力すべきは教育の質の向上だというふうに思います。
七ページ目は、本日のまとめになります。
御清聴どうもありがとうございました。

4.費用対効果の高い政策とは何か
15分間という限られた時間の中で中室さんは我が国にとって超重要な問題を指摘されました。
このブログを読まれている方ならば、中室さんの指摘が理解できたと思います。
そういうことなのです。
人への投資の効果を高めるために何よりも注力すべきは教育の質の向上だというふうに思います。
公聴会のこの場面はYouTubeで視聴することもできます。
中室さんの生の声も聞いてみてください。

子供が育つ環境下で、誰一人として質の高い保育者(保護者や親せき、習い事の先生、近所の人等も含めた大人)に出会えなかった場合と、そうではなかった場合、将来の幸福度にかなり違いが出そうですね。運が悪かったで済ますには、もったいないというか、将来の国力にも関わる問題なのではないかと感じました。
そうなんです。この国の問題です。
日本が豊かであり続けるかどうかが子供達の未来につながります。
そこも考えなければならない世の中です。
今まで通りではなくなってきていますよね。