講座445 宿題が勉強を嫌いにさせる!

小学校3年生の息子さんを持つお母さんから相談がありました。

4月。

担任の先生は、若い男の先生で、熱心そうな方なので安心していました。

ところが、宿題の量が半端ない。

・国語の教科書の音読

・漢字の練習(ノートに数ページ書く)

・宿題プリント(1〜3枚)

・ローマ字書取り

・学校で使っているドリルの間違い直し

  

・自学(自主的な家庭学習)

日によって多少の違いがあるそうですが、だいたいがこんな感じです。

息子さんは疲れていて集中力に欠けて進まない毎日。

夜、遅い時間に寝ると、翌朝が大変。

お母さんは仕事を持っていて、いつも17時に帰宅できるとは限りません。

よって息子さんは児童館に通っています。

児童館によっては、児童館にいる時に学校の宿題をしてもいいところもあるそうですが、

このお子さんが通っている児童館では《子どもの自主性を尊重します》というのが方針だそうで、

宿題をするかどうかは、子どもに自分で決めさせています。

そして、この子の場合は宿題を避けて遊んでしまいます。

その結果、宿題を家でやらなければなりません。

お母さんは児童館に息子さんを迎えに行った後に、夕飯の支度、片付けなどの家事があります。

最近、同居していた母親(息子さんの祖母)が亡くなったばかりで、そのすべてがお母さん一人の肩にのしかかっています。

入浴を済ませた後も職場から持ち帰った仕事が待っています。

息子さんの宿題を見てあげる時間がありません。

そんな生活が続いた3か月後、担任の先生が息子さんの休み時間を奪いました。

宿題やテストの直しが終わるまで休み時間に遊ばせてもらえなくなったのです。

今回はこの相談についての考察とアドバイスです(分かりやすく伝えるために事実とは多少異なる部分があります)。

 目 次
1.A君のその後
2.学級懇談会
3.抗うことにも疲れました
4.日本の義務教育の現状
5.教師の虐待は許される?
6.「ACE」と「学校ACE」
7.PCEの7項目
8.学校に相談するときの手順

1.A君のその後

この小3の息子さんをA君としましょう。

3か月後、A君は「学校に行きたくない」と口にしました。

お母さんは悩みます。

①「宿題なんていい!やらなくていい!」と言うべきか

②なんとかして宿題をやらせるべきか?

③学校や教育委員会に相談すべきか?

この学校では、2年前の夏休みから「夏休みの宿題」がなくなりました。

噂によると、ある保護者が学校にクレームを入れて実現させたということです。

しかし、お母さんは住んでいる近くで噂になることは避けたいと思っています。

ですから、学校や教育委員会に相談することをためらいました。

そんな数日後に学級懇談がありました。

2.学級懇談会

懇談会に参加している母親たちの意見は様々でした。

「家で宿題やってから遊ばせています」

「子供の自主性に任せてます=言わなくてもやってます」

「学童で宿題済ませています」

追い打ちをかけるように、担任からはこんな発言がありました。

「宿題で出した以上の勉強をやってくる子もいます」

「子どもたちは自主的に宿題やっています」

「ウチがおかしいのか?」

「私の教育がおかしいのか?」

「私はもうこれ以上は無理だよ」

A君のお母さんは学級懇談で膝が崩れる想いだったそうです。

3.抗うことにも疲れました

A君のお母さんは、帰宅してからLINEで友人に相談しました。

教育方針が似ている友人は「宿題は放って置けばいいんだよ」と言ってくれました。

しかし、学校で休み時間をもらえなくて、「学校行きたくない」まで言い始めたA君をこのまま放っておくことは出来ません。

「ほんと、どうしたらいいんだろうか?」

お母さんは心の中で思いました。

「こんな国、こんな教育だから日本がダメになったんだよ!」

「学びの楽しさを育てられずに、ドリルをひたすらやらさせる教育と教育者の多さよ!」

しかし、それに抵抗するだけの気力も体力もありません。

お母さんは言います。

「息子のいい所、自由な気持ちの持ち主であるところは『よしよし!』と思うのだけど、
 世間の冷たい目に抗うことにも疲れました。」

4.日本の義務教育の現状

まずは結論です。

A君のお母さんはちっとも間違っていません。正しいです。

そして、日本中のたくさんの子どもたちがA君と同じように苦しんだり、自信をなくしたりしています。

これは私がYouTube用に作ったスライドです。

東京大学社会科学研究所とベネッセが「子どもの生活と学びに関する親子調査2021」という共同調査の結果を発表しました。*文献①

それによると54.3%の子どもたちが「勉強しようという気持ちがわかない」と答えました。

つまり、《勉強が嫌いになっている》と考えていいと思います。

しかも、その割合は年々増えています。

このことは《今の勉強の教え方のままだと今後も勉強嫌いが増えるだろう》ということです。

学校段階別にみるとさらに明らかです。

《学校に行けば行くほど勉強が嫌いになる》と言っていいでしょう。

これが日本の学校教育の現状です。

ですからA君のお母さんの心の叫び、

「こんな国、こんな教育だから日本がダメになったんだよ!」
「学びの楽しさを育てられずに、ドリルをひたすらやらさせる教育と教育者の多さよ!」

は、間違っていません。

でも、100人の先生が100人とも「ダメ」だというわけではありません。

先生方の中には、A君のように苦しんでいる子を一人も出さないように努力されている方もいます。

文部科学省は「義務教育において決して誰一人取り残さない、ということを徹底する必要がある。」という方針を示しています。

それがまだ各学校で実現されていないということです。

今が過渡期なのかもしれません。

しかし、どの子どもも《今》を生きています。

A君は《今》苦しんでいるわけです。

「学校に行きたくない」と口にしているわけです。

まず、実現可能なところから改善していきましょう。

5.教師の虐待は許される?

一番の原因は宿題です。

しかも量が尋常ではありません。

この宿題は量も内容も、子どもの発達において不適切です。

「潜在的な害」をもたらす可能性が高いです(既にA君は苦しんでいます)。

こういった宿題を出す先生は、多分、学校における授業にも問題があるはずです。

本来は学校の授業で身につけさせるべきことを宿題という形で子どもに投げてしまっているわけです。

言ってみれば、指導の怠慢であり、職務の放棄です。

私は、この先生の行為は「児童虐待」に当たると考えます。

世界保健機関(World Health Organization:WHO)では、児童虐待を次のように定義しています(原文)。*文献②

Child maltreatment is the abuse and neglect that occurs to children under 18 years of age. It includes all types of physical and/or emotional ill-treatment, sexual abuse, neglect, negligence and commercial or other exploitation, which results in actual or potential harm to the child’s health, survival, development or dignity in the context of a relationship of responsibility, trust or power.

これをChatGPTに和訳させましょう。

「児童虐待とは、18歳未満の子供に対して発生する虐待と放置のことです。身体的および/または感情的な虐待、性的虐待、放置、怠慢、商業的またはその他の搾取など、責任、信頼、または権力の関係の中で、子供の健康、生存、発達、尊厳に実際的または潜在的な害をもたらすすべてのタイプが含まれます。」

『教室マルトリートメント』の中で川上康則さんも述べていますが、この定義において重要なのは次の箇所です。*文献③

責任、信頼、または権力の関係の中で、子供の健康、生存、発達、尊厳に実際的または潜在的な害をもたらすすべてのタイプが含まれます。

教師と児童の関係は、まさに「責任、信頼、または権力の関係」です。

その関係の中で、「子供の健康、生存、発達、尊厳に実際的または潜在的な害をもたらすすべてのタイプ」がChild maltreatment(児童虐待)なのです。

具体的に言えば、《過度な量の宿題》《指導を放棄したと思われる宿題》を出す行為は、教育ではなく児童虐待です。

そう思いませんか?

ところが、日本の法律では、教師による虐待は児童虐待になっていないのです。

それは、「児童虐待防止法(児童虐待の防止等に関する法律)」の第二条が原因です。

(児童虐待の定義)第二条 この法律において、「児童虐待」とは、保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。)がその監護する児童(十八歳に満たない者をいう。以下同じ。)について行う次に掲げる行為をいう。

「次に掲げる行為」というのは、①身体的虐待、②性的虐待、③ネグレクト(育児放棄)、④心理的虐待(暴言や面前DVなど)です。

これはいいとして、問題は「保護者」からの防止しか規定していないところです。

教師は入っていないのです。

「児童を現に監護するもの」というのは、母親と内縁関係にある者や児童福祉施設の管理責任者などです。

学校の先生は該当しません。

つまり、「子どもの権利条約」を基にしたWHOの定義よりも狭いのです。

WHOの定義を再掲します。

which results in actual or potential harm to the child’s health, survival, development or dignity in the context of a relationship of responsibility, trust or power.(責任、信頼、または権力の関係の中で、子供の健康、生存、発達、尊厳に実際的または潜在的な害をもたらすすべてのタイプが含まれます。)

どう考えても「教師」も含まれますよね。

では次に、「実際的または潜在的な害」について解説していきます。

6.「ACE」と「学校ACE」

「実際的または潜在的な害についても教師や保護者は知っておかねばなりません。

インターネットで「ACEピラミッド」と検索してみてください。

次のような画像が出て来るはずです。*文献④

これはアメリカの疾病予防管理センター(Centers for Disease Control:CDC)が中心になって実施した研究調査結果を表した画像です。

「未成年期」とは0歳~18歳までです。

「逆境体験」とは、児童虐待や,子どもの貧困、養育者の離婚、養育者の精神疾患、いじめ、犯罪被害などの《傷つき体験》です。*文献⑤

ACEピラミッドは、そうした《傷つき体験》をした子どもたちを追跡調査した結果です。

その結果、そうした子どもたちは、成人後の精神疾患、失業や貧困、社会的孤立や子育ての困難に至るまで、長期的な悪影響が認められたというエビデンスです。

このACE研究は家庭環境や養育環境などが長期にわたって悪影響を及ぼすことを社会に示したわけですが、

近年、《学校での逆境体験はどうなのか?》ということを研究している専門家が日本にいます。

子どもの発達科学研究所の和久田学先生です。

和久田先生は「ACE研究」を日本の学校の実態に当てはめて「学校ACE」という新しい研究に着手されました。*文献⑥

それがこの結果です。

赤字の*印が有意差が見られたところです。

ACE(家庭での傷つき体験)に有意差は認められませんでした。

しかし、学校ACE(学校での傷つき体験)は「ひきこもり」と関連していました。

つまり、

「ひきこもり」は、家庭内の傷つき体験(ACE)ではなく、家庭の外、それも学校での傷つき体験、すなわち「学校ACE」が要因である可能性が高いということが判明した。

ということです。

もう少し解説しますと、学校ACEの総スコアが1点高くなるとひきこもりリスクが29%増加し、

教師による傷つき体験のスコアが1点高くなるとひきこもりリスクは23%増加、

いじめによる傷つき体験のスコアであれば1点につき37%高まることが分かりました。

この調査結果により、

学校での傷つき体験 → 不登校 → 成人期のひきこもり

という(ACEピラミッドと同様の)構図が見えてきます。

ただ、和久田先生の「学校ACE」では、《過度な量の宿題》や《指導を放棄したと思われる宿題》を出す行為を「虐待」には位置付けていません。

今後のご研究に期待しているところです。

7.PCEの7項目

最後にA君のお母さんへのアドバイスです。

お母さんは3つのことで悩みました。

①「宿題なんていい!やらなくていい!」と言うべきか
②なんとかして宿題をやらせるべきか?
③学校や教育委員会に相談すべきか?

②は避けたいですね。

A君の傷つき体験が深くなるだけです。

ACE研究が示した重要ポイントは《後から表れる》という点です。

成人後にトラウマとなって重大な不幸を引き起こす可能性があるということです。

ですから今だけを考えてはいけません。

今困っているのですから、その《今》を早急に改善しなければなりません。

そういう理解の仕方に立てば、②は絶対に避けるべきです。

じゃあ、①のように「宿題なんてやらなくていい」と言うべきか。

これは半分正解です。

このグラフを見てください。*文献⑦

「0-2 PCEs」「3-5 PCEs」「6-7 PCEs」と書かれていますね。

「PCE」というのは「Positive Childhood Experiences(子ども時代のポジティブな体験)」の略称です。

「ACE(エイス)」が「0-18歳期の逆境体験」だったのと反対で、

「PCE(ピースィーイー)」は「0-18歳期のポジティブな体験」です。

この「ポジティブな体験(プラスの体験)」とは次の7つです。

1.家族と「自分の気持ち」についての会話ができた

2.困難な時に家族が自分のそばにいてくれた

3.地域のイベントに参加して楽しんだ

4.中学・高校で所属意識を感じられた

5.友達から助けてもらった

6.親以外に少なくとの二人以上の大人が自分を理解してくれた

7.自宅が安心安全な居場所になっていた

(原文)
1.Felt able to talk to their family about feelings
2.Felt their family stood by them during difficult times
3.Enjoyed participating in community traditions
4.Felt a sense of belonging in high school
5.Felt supported by friends
6.Had at least two non-parent adults who took genuine
interest in them
7.Felt safe and protected by an adult in their home

「0-2 PCEs」「3-5 PCEs」「6-7 PCEs」は、この体験がいくつ当てはまったかという群です。

A君はどうですか?

いくつ当てはまりそうですか?

そして、「PCE」とは、この7項目のうちの3項目以上が当てはまれば成人期のメンタルヘルスは保てるという研究結果です。

グラフをもう一度見て下さい。

このグラフ(研究の結果)を解説します。

ACE(子ども時代の逆境体験)にさらされた人々であっても、3〜5つのPCE(子ども時代のポジティブ体験)を持っていれば、0〜2つの人と比べて成人のうつ病や精神的健康状態が悪いというリスクが50%低くなった。

簡単に言いますと、この「7項目」の中の3つ以上を体験していれば、大人になった時の不幸を避けられる可能性が高いということです。

【PCEの7項目】
1.家族と「自分の気持ち」についての会話ができた
2.困難な時に家族が自分のそばにいてくれた
3.地域のイベントに参加して楽しんだ
4.中学・高校で所属意識を感じられた
5.友達から助けてもらった
6.親以外に少なくとの二人以上の大人が自分を理解してくれた
7.自宅が安心安全な居場所になっていた

これが①の「宿題なんてやらなくていい」が半分正解だという根拠です。

「半分」だけという理由は、A君の気持ちに寄り添った言葉であることは間違いないのですが、言い方がちょっと乱暴かなという点です。

大事なのは「1」にあるように、A君の気持ちについて会話をすることです。

A君のお母さんには、忙しくて「そばにいる」時間がなかなか持てないという事情があります。

でも、「会話」なら出来そうですよね。

そして、「7」のように家庭が安心できる居場所になっていれば問題ありません。

もっと言えば《学校を休んでもいい》と言えるくらいの居場所です。

そして、あと1つ何かポジティブなことを増やしてあげたいですね。

それが私からのアドバイスです。

8.学校に相談するときの手順

最後に悩みの③に触れておきます。

③学校や教育委員会に相談すべきか?

これは相談していいと思います。

相談の結果、宿題が減ればA君の逆境体験も減りますよね。

同時に、A君に対してもっと《わかりやす授業》と《楽しい授業》をしてもらえるように「気持ち」を伝えるのは構わないと思います。

保護者が何か言えば《=クレーム》と受け取られる風潮が世の中にはありますが、黙っていても何も伝わりません。

コミュニケーションをとることは大切だと思います。

なお、学校には《相談するときの窓口》があります。

それは教頭先生です。

教頭は学校の中で「渉外」という業務を担当しています。

外とのつながり役です。

担任ではなく、教頭先生に電話するのが正しい順序です。

そうすると、教頭先生が頭の中で《この件を担任に話すべきか》、《話すとしたらどうやって伝えるか》などを考えてくれます。

教頭先生は、《まずは廊下から授業の様子を見てみようかな》などということも考えます。

職員のことを一番わかっているのが教頭ですから、その相談をどう裁くかは教頭先生にお任せするのが手順の一です。

それがダメだったら市町村の教育委員会です。

担任の先生との対決は避けたいですね。

子どもの前で担任を非難するのも避けましょう。

子どもは学校へ行けば、その先生と何時間も一緒に生活するわけです。

担任との関係が悪くなるのは我が子の不利益です。

あとは、児童館への相談も考えられますね。

「子どもの自主性」だけでなく、個々の家庭の事情を把握して、福祉として家庭全体を支援するのが児童館職員の役目です。*文献⑧

相談するのもありですね。

参考文献
東京大学社会科学研究所・ベネッセ「子どもの生活と学びに関する親子調査2021」(PR TIMES)
Child maltreatment(WHO)
川上康則『教室マルトリートメント』
Wikipedia「The ACE Pyramid」
「小児期逆境体験(ACE)が子どもの精神発達に与える影響」三宅和佳子
「世界初:学校ACE®(小児期の学校での傷つき体験)とひきこもりの強い関連を科学的に証明」(PR TIMES)
Positive Childhood Experiences and Adult Mental Health(クリスティーナ・ベセル氏らによるウィスコンシン州での研究)
「放課後児童支援員の役割及び職務と補助員との関係」厚生労働省

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水野 正司

子育て応援クリエイター:「人によし!」「自分によし!」「世の中によし!」の【win-win-win】になる活動を創造しています。

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2件のフィードバック

  1. 畠山文 より:

    動画も拝見しました。不登校のみならず、大人になってからの精神的な不調も、家庭環境以上に学校環境が影響するとの結果に驚きました。問題行動を起こした人対して、親はどんな親かというのは注目されやすいですが、そこだけじゃないのかなと。

    そして、今、子供が不登校だとか、学校で問題を起こしたり、巻き込まれたりとなっても、心配するだけではなく、PCAを意識すれば大丈夫なんだと安心しました。

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