講座421 76年経っても「ひらがな」の教え方さえ確立されていない(後編)
講座388(前編)の続きです。
小学校一年生が学校で「ひらがな」を習うようになったのは昭和22年だと言いますから、それからもう76年経っています。
しかし、「ひらがな」の教え方は学校によってバラバラです。(講座92)
つ し
「つ」と「し」では、書くときにどちらが難しいか?
に く
「に」と「く」ではどうか?
このようなことを知っていなければ計画的な指導は出来ません。(講座230)
しかし、それだけではありません。
「し」が書けるようになる前に、「し」が見えるようにならなければなりません。
先生が黒板に「し」と書いても、見える子と見えない子がいます。
まず、視力の弱い子には見えないかも知れません。
ですから事前に就学時健康診断で視力検査をしています。
学校で黒板の字を見るためには「1.0」くらいの視力が必要です。
では、検査も受けて視力の弱い子はメガネもかけて、座席の配慮もして、
教室の全員が「1.0」の基準を満たしたとしましょう。
これで全員に「し」が見えるでしょうか?
今回はこのことについて解説します。
2.「なに」の経路
3.「どこ」の経路
4.まとめ
1.視覚認識機能
教室の全員が「1.0」の基準を満たして、先生が黒板に「し」を書いたとしても、子どもにそれが「見えている」わけではありません。
それは、全員の網膜に先生が書いた「し」が映っただけです。
網膜に映った情報は脳の「視覚野」へ送られます。
私たちが見ている情報は網膜から後頭部へ送られているわけです。
その情報はそこから二つに分かれます。
下の方が「腹側経路」で、ここを通りながらその物体が何なのかを認識します。
通称「『なに』の経路」と言います。
上の方が「背側経路」で、ここを通りながらその物体の位置を認識します。
通称「『どこ』の経路」と言います。
まず、下の方の「『なに』の経路」から解説します。
2.「なに」の経路
皆さんは次の二つの円を比べて何か気づくことはありますか?
下の円の中に「点線」が見えますよね。
これは私たちの脳が、特徴のある形式を認識して輪郭線を描き出したからなんです。
これが「『なに』の経路」の働きです。
ん?これナンダ?
線だな!
と認識したわけです。
でも、この認識のスピードには個人差があります。
パッと気づく人もいれば、やっと気づく人もいます。
それが個性です。
実は上の円にも線の並びがあるのですが、気づいていましたか?
よく見ると真ん中に三つの線が並んでいますよね。
これも最初から気づいた人もいれば、言われてみてから気づく人もいます。
これが個性です。
視覚情報の処理スピードには個人差があるということです。
同様に、視覚野まで「し」が届いたとしても、必ずしもちゃんとした「し」の形が認識できているとは限りません。
人によっては何の形なのか認識できない場合があります。
網膜には「し」が映っていても、視覚野以降の処理がうまくいかず、全く見えない場合もあれば、歪んで見える場合もあります。
ようく見たら気づくとか、言われてやっと気づく場合もあります。
こういう絵を見た時も同じです。
すぐに馬が見える人もいれば、ゆっくりと見える人もいます。
何頭いるかわかりますか?
3.「どこ」の経路
小学校一年生でのひらがなの指導の多くは「板書文字の視写」と「市販のプリントの使用」です。
この調査は古いので現在であれば「ひらがなスキル」のような教材が使われていると思います。
これがだいたい3~4ヵ月あるわけです。
視写ですから「書く」という作業です。
見て、書く。
見て形を認識するのは『なに』の経路」でしたが、
それを白い紙の上やマスの中のどの辺に書くのか?
どの辺で曲げたらよいのか?
どことどこがくっついているのか?
こういった認識をするのが「『どこ』の経路(背側経路)」です。
目の網膜に情報が映ったとしても、
また、「『なに』の経路」で形を正しく認識できたとしても、
この「『どこ』の経路」での処理がうまくいかなければ見えた形を正しく出力することができません。
図の「モデル」はお手本です。
下の「模写」が背側経路に障害が認められた人が書いたものです。
「×印」は書けていますが、それが円になっているという全体が書けないようです。
立体を出力するのも難しいようです。
ですから漢字のような複雑な情報を出力するのは大変です。
ひらがなの視写もこんな感じになります。
このイラストでは、先生がニッコリして黒板に「し」と書いています。
多分、このあとにノートやスキルなどに書く練習をするのでしょう。
しかし、その「書く」という作業は出力であることを頭に入れておかねばなりません。
ひらがなを教える順番も、どのひらがなから教えるかを意図的計画的組織的に教える必要があります。
4.まとめ
教師が黒板に「し」を書いたからと言って、すぐにそれが書けるわけではありません。
見て・書くためには次の三つの機能が必要になります。
①入力機能(目)
②認識機能(腹側経路「なに」の経路)
③出力機能(背側経路「どこ」の経路)
①は法的に配慮されていますが、②と③は教師の「教え方」に委ねられています。
「読み・書き」の困難はLD(学習障害)の症状とされていますが、ASDやADHDなどの発達障害と併存することも少なくありません。
②と③を合わせて空間認識能力と言ったり、視知覚認知能力と言ったりします。
こうした能力に特性があるお子さんは、「読み・書き」以外の日常生活でも困難を持つ場合があります。
たとえば「片付けが苦手」。
「どこ」の経路がスムーズに認識できないお子さんは、何をどこに収納したらよいのかをすぐに判断することが苦手です。
具体的に一つずつ示してあげるか、収納する箱を用意して1カ所にまとめるなどの工夫が支援になります。
たとえば「スポーツが苦手」。
「どこ」の経路がスムーズに認識できないお子さんは、キャッチボールやドッチボールなど、ボールが飛んでくるスポーツが苦手です。
どこに、どのタイミングで飛んで来るのか、短時間に予測しなければならないので恐怖ですらあります。
読み書き計算という「学力の基礎」となるものとは違って、無理にやらなくてもいいものに対しては「苦手なものは苦手」という態度も大切です。
このような教材を見たことがあると思います。
書き順が色分けされているのは「書き順を覚えるため」ではありません。
「ひとつひとつの形を認識するため」でもあります。
また、スキルのマス目が少ないことにも理由があります。
1・2・3と練習のステップがありますよね。
大切なのは1の「ゆびがき」です。
鉛筆を持つ前に、お手本の上で指書きをします(だからお手本は大きい)。
鉛筆を持つ前に、身体で形を覚える練習を多くします。
このことが腹側経路と背側経路の往復運動となって空間認識を助けるのです。
「指で書く」というのはとても大切なスキル(技能)なのです。
教師とは、このイラストを見た瞬間に、そうした様々な配慮が頭に浮かぶ職業なのです。
学習能力と日常生活の能力とつながっているのですね。驚きました。
小学生の孫が、家の中でキャッチボール遊びが大好きで、跳ねないボールで相手してやっていたら、すごく喜ぶんで、テニスボールで外で相手してやるようになりました。大喜びで遊んでいるうちにときどきまっすぐスピードのあるボールが返ってくるようになりました。楽しくて一生懸命に遊んでいるうちに上達するんですね。水野さんの説明では学習能力のアップとつながっているようですね。
同じことが英語音読トレーニングや日本語音読トレーニングでも起きています。
日本語の音読も付き合っているうちに、あんなにつっかえつっかえ読んでいたのに、10か月たったら、ずいぶん上手になりました。4月からだけでも、ルビ付きの児童書、80冊は読んだようです。いろんなものを読んで、目が肥えてきます。内容について対話しているので、読書力が大きくなるだけではありません、読んでいるとき、読んだ後の脳の働きが違ってきます。そういうことが「日本語音読遊び」で培えます。
2年目からは大人の本への橋渡しが始められそうです。私のブログも好奇心が強いので読み始めています。どれほど理解しているかは妖しいものがありますが、質問があればごまかさずにちゃんと答えています。
どの分野の本に好奇心が働くのか、17冊選んである本の音読遊びが愉しみです。いい入力(読書)をある程度積んでおけば、アウトプット(文書作成と対話)能力は飛躍的に伸びます、合計300人弱の生徒達、そして20年間の実践で実証済みです。
都会の進学校で一生懸命に勉強している子どもたちに田舎の子どもたちが勝てるとしたら、好奇心と読書力をどのように育むかが決め手になります。古里に戻って20年間の私塾での実践経験がわたしに教えてくれました。通ってくれた子どもたちに感謝です。