講座251 特別支援はオーダーメイド

 目 次
1.「人」に対する私のイメージ
2.理解の仕方①:不思議に思わない
3.理解の仕方②:脳の状態を見る
4.理解の仕方③:発達の順序を知る
5.本当に「連携」しているか

1.「人」に対する私のイメージ

ここだけの話ですが、

私の「人」に対する私のイメージは、

一人目:ASD系
二人目:ADHD系
三人目:特徴のない人系

みたいな感じなんです。

人、一般に対してですよ。

そのくらいのイメージなんです。

どういうことかと言いますと、

3人いたら、1人がASD系で、1人がADHD系で、1人が特徴のない人系ってことです。

これ、科学的には間違ってますよ。

このままだったらASD系が33%、ADHD系が33%、特徴ない系が33%ってことになってしまいます。

発達障害の人がそんなにいるのはデータ的におかしいですよね。

でも感覚的にはそのくらいでもおかしくないんじゃないか、

という思いを持っているのです。

それに「系」ですからね。

どっちかというとADHDみたいな個性だな、という捉え方です。

それでいうとですね。

うちの家族6人を分類すると、

ASD系3人、ADHD系2人、特徴ない系1人

という感じになります。

「特徴ない系」の人って意外と少ないんです。

2.理解の仕方①:不思議に思わない

ここに書いたことは私の頭の中にある「理解の仕方」です。

これ、科学的には間違っていても、日常生活では便利なんです。

発達障害の人を見ても不思議だなって思わない。

思いませんね。

逆に「普通だな」「普通でしょ」って思います。

前提「66%」ですから。

むしろ、特徴のない人に出会うと、珍しいという意味で「普通だな」と思います。

これって、おかしいでしょうか?

でも、この「理解の仕方」で困ったことはないので、

そうですね。かれこれ10年くらいはこの「理解の仕方」を使っていますね。

学校で特別支援学級を担当することになった時も、

「どうしてこんなことをするんだろう?」なんて考えたことなかったです。

「なぜだー!」

「なぜそうする!」

なんて思わずに、

「あ、ASD系だよね」

「ADHD系だからね」

という「理解の仕方」から始まりますから無理に普通を求めない。

親や学校の先生って「普通」を求めるところから始める人が多いじゃないですか。

「あれをさせよう」とか「これを頑張らせたい」とか。

それがないんですね。

私の頭の中では「普通」が特別ですから。

3.理解の仕方②:脳の状態を見る

たとえばですね。

さあ、今日は昨日の続きを何がなんでも教えるぞーと意気込んで教室に向かったところ、

教室が水没してたらどう思います?

水没してるんです。

床が水びたし。

指で測ると水深1cmくらいはありそうなくらい水びたしになっているんです。

バケツで水をひっくり返して遊んでいるわけです。

そういう場面に出くわしても私はあわてません。

「ノルアドレナリン出てねえな」

「ドーパミンに浸ってるぞ」

「さてどうしようかな」

という理解の仕方から始まるんです。

それで、「もうやめていいかな?」という間の抜けた言葉を発して、

「手伝ってくれる人は手伝って」と区切りをつけ、

大量に用意してある雑巾を床にばらまき、

何回も何回も雑巾を絞って水を吸い取る作業を開始します。

ま、準備していた授業を5分でもやれたら上出来でしたね。

4.理解の仕方③:発達の順序を知る

こういう私の対応に対して皆さんはどう思いますか?

多分、多くの方は「甘い!」と思われることでしょう。

私もそう思います。

でもねえ。できないんですよ、私には。

どうしてかというと「水遊び」ってかなり重要だと思うんです。

誰もが通る道だと思うんです。

ですから小学校に上がってから場所をわきまえずに水遊びをする子どもを見ると、

「脳が水遊びを求めている」と思っちゃうんです。

いつかはやらないと、ゆがんだ形で出てしまう。

思春期になったら手遅れなんです。

だから今のうちにやらせようと思ってしまうわけです。

これ、そういう私の予想なのですが、

ここでもう一つの情報を突き合わせます。

その子の脳の発達の歴史です。

本来なら幼児期に通過して来るであろう遊びを経験して来なかったのではないか。

その情報も突き合わせます。

その上での予想なわけです。

だから、多くの人が叱る場面でも、私には叱れないことがあるんです。

結果として、そういう子が、学年が上がってガラッと落ち着いたとしても、

それは私の対応が正しかったとは言えません。

教育や子育てでは、そういう証明はできませんから。

ま、自分が信じる方法でやるしかありませんよね。

その方法を適切なものにするためには、大人が勉強するしかありませんしね。

5.本当に「連携」しているか

今、学校現場を離れて思うのですが、

「いろんな事情」があって、

本来経験すべきことを経験しないで学校にあがって来るお子さんが増えているように感じます。

学校の先生は、ますます大変になると思います。

でも、それ以前に目を向けると、幼稚園や保育所の先生方も大変です。

ご家庭のお父さん、お母さんも大変です。

ポイントをどこかに求めてもキリがありません。

責任はすべてにそれなりにあります。

ですから、一番簡単なのは「連携する」っていうことですね。

これが一番手っ取り早いです。

学校園所は「脳の歴史」を知る。

これだけでも家庭との大きな連携です。

特に、特別支援教育を選んだ家庭との連携は重要です。

特別支援ってオーダーメイドです。

個別に計画を立てるじゃないですか。

しかも、家庭の合意を得ながら。

通常学級では基本サービスしかできませんが、

特別支援はオーダーメイドです。

個別最適化できます。

システムとしてはかなり整っていると思うのです。

ちょっと別な例をあげますが、

不登校になったお子さんがいるとして、

担任の先生が毎日家庭訪問に来たとします。

でも、保護者はそのことがストレスになっている。

正直なところ親も子も、来て欲しくないと思っている。

なのに担任は毎日行くべきだと力を入れる。

これ、連携じゃないですよね。

本当の連携は、

「家庭訪問を実施するか否かも含めた連携」です。

こうした行き違いが学校教育にはまだまだたくさんあります。

社会と離れているような気がします。

本音を言えば、

私の理解の仕方は特別じゃないと思うのです。

こういう考え方が広まってくれればなあと思います。

この記事に投げ銭!

水野 正司

子育て応援クリエイター:「人によし!」「自分によし!」「世の中によし!」の【win-win-win】になる活動を創造しています。

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2件のフィードバック

  1. 小松成子 より:

    水野先生,本日の講座もありがとうございます。

    「なぜ?」「どうして?」と思ってしまいました。
    そこには,わたしの要求が表れてしまっていたのです。

    ①不思議に思わない
    ②脳の状態を見る
    ③発達の順序を知る

    上記のような理解の仕方,意識していませんでした。

    「特別支援はオーダーメイドできる。」

    家庭との連携、今週から個別面談が始まります。

  1. 2021年7月18日

    […]  → 詳しくは、 講座11子育てにおける「愛のスキル」 […]

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