講座537 発達障害は個性なのか?

先日、こんな質問をいただきました。
発達の遅れと個性との見極めはどのようにしたらよいのでしょうか?
これはすごく大事な質問であり、同時に、すごく難しい質問です。
でも挑戦してみたいと思います。
2.「個性」とは
3.「性格」とは
4.「人格」とは
5.「見極め」が抱えている問題点
6.最低限「避けなければならないこと」
7.「敏感期」と「臨界期」

1.「発達障害」とは
「発達の遅れ」という言葉は広い意味で使われます。
「発達障害」を指す場合もあるでしょうし、
「知的障害」や「自閉症」などの障害を指す場合もあるでしょうし、
単に《年齢に比べて発達が遅いだけ》の場合を指すこともあります。
また、「個性」という言葉も説明が難しいのですが、頑張って一つ一つ解説してみます。
まずは、「発達障害」からです。

今は「発達障害」という診断名はありません。
10年くらい前から「神経発達症」という名称に変更されています。
しかし、日本中のメディアが「発達障害」という呼び名を浸透させてしまったので、多くの人が「発達障害」という呼び名に慣れてしまっています。
保護者を相手にする場合でも「発達障害」と言った方が通じやすいので、私も臨機応変に使っています。
精神疾患の名称は、アメリカ精神医学会が作成しているDSM-5-TRと、世界保健機関(WHO)が作成しているICD-11が元になっています。
日本では、精神科医はDSM-5-TRの診断名を使用することが多く、行政への報告書などではICD-11の診断名を使用することが一般的です。
現在は、DSM-5-TRでもICD-11でも「神経発達症」という名称になっていますので、医師も行政も「神経発達症」という名称を使用することになっています。
神経発達症(発達障害)は「能力の障害」と「機能の障害」の大きく2つに分けられます。
英語では、「能力の障害」を「Disability(ディスアビリティ)」、「機能の障害」を「disorder(ディスオーダー」と言って、それぞれ別の意味を表す単語です。
しかし、日本語ではどちらも「障害」と訳してしまうため、間違った解釈や漢字の印象などが問題となり、「障害/障碍・障がい」とか、「○○障害/○○症」とか、未だに混乱や改訂などが続いています。
ですからここでは敢えて「能力」と「機能」という言葉で分けました。
【能力の障害】
abilityは「能力」です。
それが、「ディス(欠如)」しているのがdisability(ディスアビリティ)です。
この場合の能力には2種類あり、一つは知能、一つは発音や吃音などの発声能力です。
知能に関しては、以前は「知的障害」と呼ばれていました。
知能検査でIQが70未満の場合から該当します。
この障害は能力の回復が難しいので、学校に上がる時は「特別支援学校」の小学部や「小学校」の特別支援学級などに就学し、主に社会的自立を目指した教育が行われます。
それに対して、発音や吃音などの発声能力は治療や訓練によって回復が見込まれます。
たとえば、「さかな」を「たかな」と発音してしまう子には言語聴覚士が構音指導を実施します。
訓練によって数か月で改善することがあります。
発音に困難を抱える子は、年齢が上がるほど自己肯定感を低下させたり、いじめの被害に遭ったりする可能性があるので、幼児期に専門家につなげることが大切になります。
【機能の障害】
orderは「指示・命令・秩序・制御・注文」などを表す単語です。
それが、「ディス(欠如)」しているのがdisorder(ディスオーダー)です。
どんな機能が欠如しているかによって4つに分けられます。
コミュニケーション系の機能が不足している場合は「ASD:自閉スペクトラム症」、
コントロール系の機能が不足している場合は「ADHD:注意欠如多動症」、
学習系の機能が不足している場合は「SLD:限局性学習症」、
運動系の機能が不足している場合は「МD:運動症」です。
SLDは以前まで「LD」と呼んでいました。
MDは「DCD発達性協調運動障害」と呼んでいました。
これらはすべて「能力」ではなく「機能」の障害です。
《能力は持っているけどうまく働かせることが出来ない》ということです。
また、「発達症」という言葉からわかる通り、発達します。
能力の障害と違って、専門的な知識がなくても親や先生の力によって、すなわち教育・療育・保育によって、発達・改善します。

2.「個性」とは
よく言われるのは、「発達障害というのは、個性とか特性とはどう違うのでしょうか?」といった質問です。
この質問は「個性」と「特性」の違いを比べれば解決します。

個性の中心に「気質」があります。
気質は、生まれつき持っている感情や行動の基本的な傾向を指します。
「活発/おとなしい」「感情的/穏やか」「すぐ慣れる/時間がかかる」「明るい/暗い」「集中できる/ 気が散りやすい」など《誕生時の脳の性質》と考えていいでしょう。
「性格」や「特性」とも言えますが、性格も特性も変化しますから、その原点となる遺伝的・生物的なもので、ある程度不変的なものです。
その「気質」に「知識や経験やスキル」「社会性」を掛け合わせたものが「個性(強み)」とも言えます。
教育に関わる世界では、このように「個性」という言葉はポジティブに使うべきだと思います。


3.「性格」とは
似たような言葉に「性格」がありますが、この言葉は、世の中にたくさんいる人間をいくつかの共通する性質で分類したものです。
その意味で「特性」と似ています。
「特性」が症状的な面で使われるのに対して、「性格」は広く一般的に使われる言葉です。


4.「人格」とは
最後に最も広い意味の言葉として「人格」について説明しておきます。
人格は、「気質」「個性」を含みつつも、「その他」として、①価値観 ②信念 ③自己肯定感 ④倫理観 ⑤思考パターン ⑥感情コントロール ⑦文化的環境 ⑧健康などを含む大きな概念です。
「人間性」と言ってもいいかもしれません。

教育基本法の第一条(教育の目的)には、「教育は、人格の完成を目指し」とあるように、「人格の完成」が教育の目的となっています。
なお、教育基本法は2006年に改正され、新たに「家庭教育(第10条)」と「幼児期の教育(第11条」が新設されました。
子どもの教育について「第一義的責任を有するもの」が家庭です。
幼児期の教育は「生涯にわたる人格形成の基礎を培う重要なもの」と表記されています。
ここで最初の質問に戻ります。
発達の遅れと個性との見極めはどのようにしたらよいのでしょうか?
この場合の「発達の遅れ」が特性(症状)であるならば、その見極めは医師が行います。
診断は医師だけに許された行為です。
臨床心理士であっても診断はできません。
ましてや保育士や教師には許されません。
ただし、私たちが現場で「見極め」という時には、診断ではなく、《診断につなげる》という意味で使うことが多いと思います。
その場合は、検査が必要ですので、臨床心理士などにつなげるのが基本となります。
もちろん保護者の同意が必要になります。
また、日本では児童精神科医が少ないので、発達の遅れを医療につなげることが難しいのが現状です。
「数か月待ち」という地域があちこちにあります。
そうなると、《その間に何もしなくていいのか?》という問題が生じます。
医師じゃなくても、その間にできること・すべきことはあります。
それが療育です。
療育の中でも最も大切なことは「基本的生活習慣」です。
この点については(この点についてこそ)家庭の役割です。
園や学校はそのための支援が出来ます。そ
れが連携の最重要ポイントになります。

5.「見極め」が抱えている問題点
見極めに関しては他にも問題点があります。
その一つが《精神科医の診断は非科学的である》という主張です。
これは福井大学客員教授の杉山登志郎先生の主張です。
杉山先生はご自身が精神科医ですが、「医師の診断は非科学的」と言われています。
たとえば、ADHDの診断基準ですと、《課題または遊びの活動中に、しばしば注意を持続することが困難である》という項目があります。
これはアンケート調査のようなものです。
普通、病気というのは病気を引き起こす病気の「病因」があります。
コロナだったら、コロナウィルスが見つかるわけです。
しかし、発達障害は症状を「アンケート調査」するだけで診断名を決めています。
このような症状のみによる診断を「カテゴリー診断」と言います。
カテゴリー診断は症状リストに該当するかどうかだけの診断になってしまう場合があります。
ベテランの医師ならば、経験によってそれ以外の様々な情報を元に診断をすると思いますが、ベテランであっても時間に追われればリストに頼ってカテゴリー診断をしてしまう場合があるでしょう。
そして、診断がつくと、《とりあえず薬を出しましょう》という対応となり、園や学校は《ADHDと診断されました》という報告を受けます。
本来、大切なのはここからです。
療育や教育はここから始まるのですが、この後の支援が日本の教育現場ではまだ確立されていないというのが現状です。

6.最低限「避けなければならないこと」
そこで、《最低限どうしたらよいか》という視点が重要になります。

図の中の三角形の中に入るのは、「健常児」と「発達凸凹児」と「重度の自閉症児」です。
この中で③の「重度の自閉症児」の割合は0.5%くらいです。
自閉スペクトラム症(ASD)の中には「重度の自閉症児」とそれ以外の軽中度の自閉症児が存在します。
重度の場合は特別支援学校の小学部に就学する場合が多くあります。
つまり、99.5%は①と②の「健常児」または「発達凸凹」です。
そして、その境目はスペクトラム(境目のない連続体;①と②の間には明確な境目がない)なのです。
①~③のすべての子において、虐待や不適切な指導などはトラウマを発生させる危険性があります。
その場合に発症するのが「発達性トラウマ症」という脳機能障害です(愛着障害もこの中に含まれます)。
診断がどうあろうと、最低限避けなければならないのが「この矢印」の方向ということになります。
以上が、「発達の遅れ」が特性(症状)であった場合の見極めと対応方針です。
最初の質問への回答になっていたでしょうか。
参考になる点が一つでもあったら幸いです。

7.「敏感期」と「臨界期」
おまけとして、「発達の遅れ」が特性(症状)ではない場合の指標を示して終わります。
発達の基準を考えるにあたって、「発達心理学」と「脳科学」に分けてみました。
発達心理学では、モンテッソーリの「敏感期」が有名ですので、それを一覧にしています。
もう一つは、脳科学における指標です。
これはガードナーの多重知能理論などをもとにしました。
この場合は「臨界期」という言葉を使います。
こうした指標が発達の遅れを見極めるための参考になると思います。
【敏感期】 強い興味や感受性を持ち、自発的に集中して取り組むことができる時期。「この時期に特に吸収しやすい」という“適切な時期”の意味合いが強い。

【臨界期】 ある能力や機能が発達するために最も適した限られた時期。「この時期を逃すと獲得が困難になる」という“限界”のニュアンスが強い。
