講座548 「発達障害」と「愛着障害」の違い

 目 次
1.神経発達症と愛着障害の違い
2.神経発達症の原因
3.愛着障害とは
4.(広)愛着障害の特徴
5.親に責任を押し付けることは出来ない
6.社会環境の影響
7.愛着形成に見られる子どものタイプ
8.愛着形成に有効な親の関わり方
9.愛着形成の敏感期
10.愛着障害は社会問題である

1.神経発達症と愛着障害の違い

この二つは診断も区別も曖昧なので明確なことは言えませんが、《困難を抱えた子》が増えている状況はあるようです。

ここで、神経発達症(発達障害)と愛着障害について、ざっくりとその違いを確認しておきましょう。

どちらも《困難》を抱えていますが、神経発達症は生まれながらの「特性」ですので《理解》が第一です。

特性への《理解》がなければ不適切な養育が行われてしまいトラウマによる脳機能障害を発症してしまうことがあります(矢印の方向)。

一方で、愛着障害は「愛着形成の不全」による問題ですので《安定した養育環境の確保》が第一になります。

それがなければ、同じようにトラウマによる脳機能障害を発症してしまうことがあります(矢印の方向)。

以上が、ざっくりとした違いです(詳しくは後述)。

2.神経発達症の原因

神経発達症と愛着障害では原因(発現要因)も異なります。

神経発達症は「生まれながら(生得的)」の特性ですが、詳しく言うと《生まれる前》と《生まれた後(乳幼児期)》に原因があると言われています。

《生まれる前》というのは、親の遺伝子と母体の環境(生活習慣や栄養要因など)です。

《生まれた後(乳幼児期)》というのは、乳幼児期の生活環境(スクリーンタイムの多さ、環境化学物質、栄養状態、ストレスなど)です。

整理しますと、①遺伝、②化学物質、③ライフスタイルの三つが要因の中心です。

また、神経発達症を引き起こす遺伝子は誰もが持っているものであって、スイッチがONになれば発現しますし、OFFのままだと発現しないという仕組みになっています。

そして、このON/OFFに影響を与える要因が、②の化学物質と③のライフスタイルという考え方です。

この仕組みを「エピジェネティクス」と言います。(参考:講座515 プレコンセプションケア

図にまとめておきましょう。

3.愛着障害とは

愛着障害は、DSM-5やICD-11といった基準を用いて医師が診断する疾患名です。

具体的には、反応性愛着障害(RAD)と脱抑制型愛着障害(DSED)の2つに限定されます。

反応性愛着障害は、ひきこもり、無気力、無関心といったASDのような症状が特徴です。

脱抑制型愛着障害は、知らない大人に過度に親密になろうとするといったADHDのような症状が特徴です。

この二つの障害の原因は、虐待などによる《極端に不適切な養育》にあることがわかっています。

DSM-5では、愛着障害(RADとDSED)の要因として「無視・放置などのネグレクト」「養育者の反復交代」「愛着が形成されにくい施設等での養育」などが挙げられています。出典:『DSM-5 精神疾患の分類と診断の手引』(2014)

これは「ACE(小児逆境体験)」と重なります。参考:三谷はるよ「子ども期の逆境体験(ACE)と自殺念慮」(2022)

ACE(小児逆境体験)として例示されているのは次の10項目です。

①親や家族からの身体的虐待
②精神的虐待
③性的虐待
④ネグレクト
⑤精神的ネグレクト
⑥DVの目撃(母親の被害)
⑦同居家族の精神疾患
⑧同居家族の犯罪
⑨同居家族の薬物やアルコール依存
⑩両親の離婚や別居

ですから、「虐待などの極端に不適切な養育」を「ACE(小児逆境体験)」と重ねてみることは不自然ではありません。

4.(広)愛着障害の特徴

これとは別に、学校や家庭などの場で、《愛着障害》という言葉が独り歩きしている現状があります。

こちらは診断によらない場合がほとんどで、《世間で言う広い意味での愛着障害》という使われ方になります。

本来は別なのですが、「発達障害」と同様に、もはや止められない勢いで広がっていますので、この《世間で言う広い意味での愛着障害》も愛着障害に含めて使うことにします。

現実として、学校や家庭においてこの《世間で言う広い意味での愛着障害》が問題になっているわけですので、子ども・保護者・関係者の利益のためにも「含めて使うこと」には意義があると考えます。

というわけで、次は《世間で言う広い意味での愛着障害》(以下「(広)愛着障害」)を対象にして、その特徴と原因について解説します。

まず、(広)愛着障害の特徴ですが、これを明確に定めることは出来ません。

何しろ診断基準がありませんので専門家の記述も様々です。

ここでは、和歌山大学の米澤好文先生が書かれた『やさしくわかる!愛着障害』という本にある「愛着の問題発見チェックリスト」を紹介(一部省略)させていただきます。(出典:『やさしくわかる!愛着障害』

①多動
ムラのある多動(ADHD:いつも多動)


②モノとの関係
モノをさわる/さわりながら歩く/振り回す/なくす/落とす/モノに囲まれる


③口の問題
口にモノや指を入れる/モノや食べ物・衣服を舐める・噛む


④姿勢・しぐさの問題
姿勢の崩れ/身体の揺らぎ、斜める、動かす/服装の乱れ


⑤人への接触
→脱抑制タイプ(べたーっと抱きつく/まとわりつく/飛びつく/肩をつかむ/抱きつき攻撃)
→抑制タイプ(後ろ・前等の立ち位置による拒否/かかわり拒絶)


⑥床への接触:接触快感求・包まれる安心感欠如
床等に寝転ぶ/ナメる/触る/這い回る/張り付きに寝る


⑦危険な行動:高所・投げ・痛みへの鈍感
高い所に登る/高い所からモノを投げる/飛び降り/窓から出入り/痛がらない


⑧愛情欲求行動:注目されたい行動、自作自演事件・癇癪乱行動・愛情欲求エピソード暴露
(自分で事件起こし報告/叱られるふり試し比べ/満足不眠/静寂に泣く)


⑨自己防衛:ウソ・否認・他責→自己正当化→安全・安心状態欠如
(目撃されてもしたと思わない人のせい/解離状態)


⑩自己評価の低さ
挑戦できない・喜べない・無力感/自信のなさ/根拠のない自信・虚勢/他者への共感の欠如


⑪片付け「したい」気持ちのなさ
規範意識や動機の欠如


⑫自閉系の愛着障害
フードをかぶる、戸棚に隠れるといった「籠もる」行動や、執拗な攻撃行動


このチェックリストは愛着障害を診断するためのものではありません。

「愛着の問題」に気づくための観察ツールです。

「愛着の問題」とは次のようなことです。

「自分は愛される」「困ったら助けてもらえる」という安心感・信頼感を持てないでいる状態

その未形成・不安定さが、行動・感情・対人関係・自己理解などに影響しているのが「(広)愛着障害」です。

5.親に責任を押し付けることは出来ない

(広)愛着障害の原因について解説します。

特徴と同様に原因も確定することはできません。

ただし、手がかりになることは分かっています。

それは《愛着形成の不全》です。

反応性愛着障害(RAD)と脱抑制型対人交流障害(DSED)は、虐待などによる《極端に不適切な養育》が原因でしたが、(広)愛着障害の場合は、「養育」ではなく、もっと広い意味での《愛着形成の不全》が要因として挙げられます。

そのことを示す研究結果は複数存在しますが、中でも次の論文はメタ分析による信頼性の高いものです。

Fearonら「子どもの外面化行動の発達における不安定な愛着と混乱型愛着の重要性:メタ分析研究」(2010)

こうした研究結果が、

(広)愛着障害には《愛着形成の不全》が影響していること

を示しています。

では、「愛着形成」とは何なのか。

愛着形成とは、

 乳幼児が、
 特定の養育者(主に母親)に対して、
「この人は安全で、困ったときには自分を助けてくれる」という安心や信頼の感覚を持ち、
 その人との情緒的なつながり(絆)を作る過程のことです。

それは《安全基地を確認する過程》と言ってもいいでしょう。

私はこのサイクル図を精神科医の杉山登志郎先生との対談の中で学びました。

杉山先生は特に「くっつくこと(Attachment)」の大切さを強調されていました。

この動画がイメージしやすいと思います(最後の画像までご覧ください)。

「愛着形成」のイメージが出来たとして、「不全」についての解説に移ります。

「不全」というのは、その過程(関係づくり)がうまくいかなかったという意味です。

ただし、注意していただきたいのは、《その責任が親にある》ということにはならないという点です。

どういうことかと言いますと、

愛着形成というのは親と子どもの相互交流の中で形成されるもの

だからです。

ですから、うまく形成されなかったとしても、その原因が《どちらか一方にある》と断定することは出来ません。

子どもには、《愛着形成をしやすいタイプの子》もいれば、《形成しづらいタイプの子》もいます。

このことを明らかにしたのはアメリカの発達心理学者であるエインズワースとメインらです(後述)。

それに対して、その対応方法も含めて、《愛着形成に有効な子育ての仕方》は社会に共有されていません。

愛着形成の仕方を共有する社会制度は未成熟なのです。

ですから《愛着形成の不全》の原因を、単純に親の責任として押し付けることは出来ません。

むしろ、これは社会的な問題であると認識することの方が重要です。

愛着形成には、その国の文化や価値観、時代背景や子育て制度などの社会環境も影響する。

次は、このことに触れておきます。

6.社会環境の影響

先に《愛着形成をしやすいタイプの子もいれば、しづらいタイプの子もいる》と書きました。

エインズワースが開発してメインらが発展させた「ストレンジ・シチュエーション法」において、そのタイプは4つに分類されています(この調査での養育者は一般的に母親)。

A型(Insecure-avoidant)→ 母親と分離しても混乱しない子
B型(Secure)→ 母親との分離すると泣き叫ぶ子
C型(Ambivalent)→ 分離時に激しく混乱するくせに、再開時に怒りをぶつける子
D型(Disorganized)→ 近づきたいのに怖いという矛盾した感情を抱え
ている

その考え方に《大人側の価値観》が表れます。

たとえば、A型が育てやすいと考える大人には《泣かない子が良い子だろう》という価値観があるのではないでしょうか。

B型が育てやすいと考える大人は《離れた時に泣くのが子どもらしい》という価値観があるかも知れません。

このように、愛着形成には大人の側の価値観が影響します。

また、その価値観には《その国の文化》なども影響します。

欧米ではA型の子の存在割合が多く、日本ではB型の子の存在割合が高いようです。

つまり、欧米では親がいなくても泣かないような自立タイプの子が多く、日本では親がいないと泣いちゃうような甘えん坊タイプの子が多いというような傾向です。

このストレンジ・シチュエーション法という検査は、1~2歳の幼児に対して、母親と離したり、再会させたりする場面を観察するものです。

ですから、1~2歳になるまでの母親との関係づくりが影響しています。

つまり、欧米では自立タイプの子育てが多く、日本では密着タイプの子育てが多い結果、母親と離れても平気な子が多かったり、泣いちゃう子が多かったりするわけです。

そして、その背景にはその国の文化や価値観が存在しています。

もっと細かく分析すると、その国の歴史も調べなければなりません。

たとえば、イスラエルのキブツでは、C型(Ambivalent)の子が突出して多く表れた時期がありました。

C型は《分離時に激しく混乱するくせに、再開時に怒りをぶつける》というタイプの子です。

1920年代のイスラエルでは、男女平等を徹底するために、女性を家事や育児から解放する手段として集団保育制を導入していました。

この集団保育には、《夜に寝る時は親元に戻る制度》と、《寝る時も親とは別の家で過ごす制度》があり、ロネンら(2020)は、二つの制度を比較して研究結果を出しています。出典:Effects of Kibbutz communal upbringing in adulthood: trait emotional intelligence and attachment patterns(2020)

それによると、

《寝る時に親とは別の家》で過ごしている子どもたちが安定した愛着関係をつくっていた割合は48%、

《寝る時は親元》に戻っていた子の方は80%で、明らかな有意差がありました。

C型の子は《必要としている時に母親はすぐにはそばにいない》という経験から生じやすいとされています。

つまり、《制度として母親と離して生活させる》という方法がC型の子の増加につながったわけです。

ちなみに、この集団保育制は1950年代以降に廃れていきました。出典:ニコラス・クリスタキス『ブループリント —「よい未来」を築くための進化論と人類史—』(2020)

不満を高めたのは母親たちです。

母親たちは、我が子と過ごす時間が少ないことに不満を高め、《自分自身が我が子の世話することが大きな満足なのだ》と気づくようになったそうです。出典:キングズレー・ブラウン『女より男の給料が高いわけ』(2003)

この研究結果からも、

①愛着形成というのは親と子どもの相互交流の中で形成されるもの

②愛着形成には、その国の文化や価値観、時代背景や子育て制度などの社会環境も影響する

ということがわかります。

7.愛着形成に見られる子どものタイプ

ここまでのことを整理してみます。

【前提】 (広)愛着障害には《愛着形成の不全》が大きく関わっている。

【愛着形成の背景】
(1)愛着形成は親と子の相互交流の中で形成される
(2)愛着形成には、その国の文化や価値観、時代背景や子育て制度などの社会環境も影響する

ここから分かるのは、《愛着形成の不全》をなくすためには次のことをすればよいということです。

《愛着形成の不全》への対策
(1)どのような親の在り方が愛着形成に有効なのかを明らかにする
(2)愛着形成の不全をなくすための社会制度を確立させる

まずは、愛着形成に見られる子どものタイプから考えていきましょう。

タイプは次の4つでした。

A型(Insecure-avoidant)→ 母親と分離しても混乱しない子
B型(Secure)→ 母親との分離すると泣き叫ぶ子
C型(Ambivalent)→ 分離時に激しく混乱するくせに、再開時に怒りをぶつける子
D型(Disorganized)→ 近づきたいのに怖いという矛盾した感情を抱えている子

4つの中における《望ましいタイプの子》はこれまでの研究で明らかになっています。

それは「B型」の子です。 出典:Contributions of Attachment Theory and Research: A Framework for Future Research, Translation, and Policy(2014)

B型は「安定型」とも言われ、分離した時に泣き叫ぶのは、母親を「安全基地」として信頼している証拠であり、この関係が出来ている子どもは《安心して探索ができるはずだ》と考えられるからです。

ですから、このタイプの子には、泣いたらハグしてあげるなど、これまで通りの対応を継続させればOKということになります。

次に望ましいのは「A型」です。

正確に言うと「望ましい」というよりは、《CやDよりはマシ》ということです。

B型(安定型)の子は、悲しい時や淋しい時に泣いてくれるので分かりやすいのに対し、

A型の子は、感情を表に出さないタイプですので親の対応は少し難しくなります(これを「回避型」と呼びます)。

「どうせ甘えても応えてもらえない」といった冷めた感情を持っているのでハグのし甲斐がないというか、親の側に物足りなさが生まれる可能性があります。

ですから、愛着形成のための注意点としては、そのような特徴を認めつつ「愛着形成のサイクル」を回すことです。

《愛着形成の不全》は、

「自分は愛される」「困ったら助けてもらえる」という安心感・信頼感を持てていない状態

ですから、反応が薄くても、

「自分は愛される」「困ったら助けてもらえる」という安心感・信頼感を持てているようならOK!

ということです。

問題なのは「C型」と「D型」の子です。

C型の子は「アンビバレント型」と言います。

親の対応が予測できないために、不安や怒りをコントロールできず、かんしゃくや《試し行動》を多く取るのが特徴です。

また、分離に対して非常に敏感で、親が離れると強く泣いたり取り乱するなど不安の程度が強いです。

常に親の存在を気にしているので、親から離れて自由に遊ぶ時間が短く、探索行動が減少します。

D型の子は「無秩序型」と言います。

過剰な依存と分離不安があり、近づこうとしながら後ずさるといった矛盾した行動が特徴です。

「安全基地」が存在していないため、反応は常に不安定です。

突然フリーズする、泣き出す、自己破壊的な行動や自傷行為に走る、ストレス下でぼーっとするなどの行動が見られます。

愛着形成の対応策は、C型の子には《一貫した対応》、D型の子には《安心できる人間関係の構築》です。

C型の子に対する《一貫した対応》とは、あるときは優しく対応するが、別の時は無視・拒絶するなど《子どもにとって予測ができない対応をしない》ということです。

親にとっては難しいことかも知れませんが、改善の可能性はそれなりにあります。

なぜなら、C型の子は親への愛着を求めているからです。

それに対して、D型の子への愛着形成はかなり困難です。

まず、D型タイプの子には「ことばで理解させる」「行動だけを矯正する」方法ではほとんど効果がありません。

専門的な介入が必要です。

それは、①安全基地を作る、②予測可能性を作る、という作業です。

親への愛着を失っている状態にあるため、第三者の介入が必要になります。

それは保育者や教師や他の家族など様々ですが、まずは《誰か一人》が愛着の対象者として①と②の作業を行うことになります。

率直に言うと、《安心できる人間関係の再構築》です。

このように、4つのタイプによって愛着形成の仕方は異なります。

整理しておきましょう。

A型(回避型)→ クールな特徴を認めつつ「愛着形成のサイクル」を回す
B型(安定型)→ これまで通りの対応を継続させればOK
C型(アンビバレント型)→《一貫した対応》で安心感を増やす
D型(無秩序型)→ 第三者による安心できる人間関係の再構築

D型の背景には、

①親自身のトラウマ・うつ・PTSD
②親が子どもの泣きや甘えを「恐怖」「怒り」と感じてしまう状態にある
③DV・家庭内不和・孤立などで 親自身に“心の安全基地”が整っていない

といった《親の精神的な困難》が存在していることがあります。

ですから、親へのサポートも考えなければいけません。

8.愛着形成に有効な親の関わり方

オランダの愛着研究者であるウォルフとアイゼンドールンは、愛着に関する66件の研究結果(親の総数4,176人)をメタ分析した論文を発表しています。De WolffとVan IJzendoorn(1997)

二人は分析にあったて愛着形成に関する親の行動を9つに分類しています。

メタ分析の結果、有効な育児行動が3つ浮かび上がりました。

メタ分析(メタアナリシス)というのは「分析の分析」という意味で、信頼性の高い「ランダム化比較試験」による研究結果をいくつも集めて、統計的に解析を行い結果を出したものです。

いわゆるエビデンス(科学的根拠)の中で最も質の高い根拠です。

https://www.pinterest.jp/pin/596164069423510181/

ですから、この研究結果の信頼性は現時点で最高峰だということです。

さて、「9つの育児行動」のうち、愛着形成に有効な「3つ」とはどれだと思いますか?

少し解説を加えましょう。

【双方向性】というのは、親と子の間における《やり取り》のことです。

愛着形成ですから、赤ちゃんや幼児が、お母さんとやり取りを楽しんでいる状態だと想像してください。

【迅速な応答】というのは、子どもに対して《どれだけ早く応答してるか》ということ、

【敏感性】は、子どものサインを正確に《見取り》、適切な方法で《介入》すること、

【リズム・テンポ】は、親と子のやり取りの《テンポがよく》、《リズムが合っている》状態

【協調性】は、親が子どもの活動に対して《協力的な態度》で接すること、

【情緒的サポート】は、子どもに対して温かく《支援を提供》すること、

【肯定的態度】は、子どもに対して肯定的な感情や見方を持っていること、

【身体的接触】は、子どもに触れたり、抱きしめたりすること、

【積極的な働きかけ】は、親が遊びや言葉を通じて子どもの探索や認知的な発達を促す働きかけをすること、

です。

もちろん、この9つはどれも大切なことです。

どれも大切なのですが、科学的に分析した結果、その有効性が認められた「3つ」はどれかということです。

難しいですよね。

でも結果が出ているということです。

その結果とはこれです。

「r = .32」の「r」は合成相関(meta-analytic correlation)と言って、複数の研究で得られた結果を統合して信頼性の高い「全体としての関連の強さ」を示す指標です。

簡単に言うと《世界中の研究結果をまとめた“全体的な答え”を数値化したもの》です。

「r = .10」で《弱い相関》、「r = .30」で《中程度の相関》、「r = .50」で《強い相関》と判断します。

ですから、ベスト3の【双方向性】【リズム・テンポ】【敏感性】は《中程度弱~中程度の相関がある》と判断されます。

ということで、《エビデンスのある愛着形成に有効な3つの方法は次の3つです。

次に、この「3つの方法」の具体例をいくつが挙げてみます。

きっと、「なんだそんコト?」「それならやってるわよ!」という方法だと思います。

でもそれが科学的根拠のある方法なのです。

まず、この中でも最も効果が高い「Mutuality(双方向性)」です。

これは、単に親が相手をするだけではなく、《親子で楽しさを共有していること》がポイントです。

例えば、次のような対応です。

子どもが「見て!」と言った時に、
親が本当に見る → 「わぁすごいね!」と反応する →  子どもがさらに見せる→ 親も共感する

親子で読み聞かせをする時に、
ただ読んで聞かせるのではなく、子どももページをめくる/親が質問して子どもが答えるなど、やり取りを一緒に楽しむ

子どもを抱っこする時に、
《抱きかかえて終わり》ではなく、話しかけたり、体を動かしたり、やりとりによって親子が共に楽しむ

一緒に遊ぶ時に、
親が指示するのではなく、子どもの発想を受け止めて遊びを一緒につくって一緒に楽しむ

「Synchrony(リズム・テンポ)」は、親と子のやりとりがキャッチボールのように自然に続いていく対応です。

親がリードしすぎず、子どもの「今」にテンポを合わせるのがポイントです。

例えば、次のような対応です。

子どもが笑った。
親もすぐに笑い返す、声を合わせるなど。

子どもが「あー」と声を出した。
親が少し間を置いて「あーだね」と返した。

子どもが手を伸ばした。
「抱っこして欲しいんだな」と察知してその瞬間に抱く。

「Sensitivity(敏感性)」は、泣く・見る・手を伸ばす・嫌がるなどの小さなサインを正確に読み取り、自分の都合ではなく子どもの視点で対応するということです。

例えば、次のようなことです。

子どもが泣いている →
子どもを見て、「怖かった?」「お腹すいた?」など察して対応する。

子どもがおもちゃを見つめている →
その様子を察して渡したり、「見つけたね」と気づきを言葉にしてあげるなどの対応をする。

子どもが怖がって親の後ろに隠れる →
押し出さず「怖かったね、ここにいていいよ」と安心させる。

子どもが拒否する →
無理に続けず、一度止めて気持ちを尊重する。「嫌なのかな」などと気持ちを言葉にしてあげる。

サインを《見取り》、適切な方法で《介入》するわけですが、介入する時に《気持ちを言葉にしてあげる》というスキルを使うと対応全体が自然に形づくられるように思います。

どうですか?

「なんだそんコト?」「それならやってるわよ!」という方法だったと思います。

それにしても私は別な角度から、この「3つ」に驚きました。

「双方向性(楽しそうに教える)」も、「リズム・テンポ」も、「見取りと介入」も、授業者の授業力の重要な要素だからです。

子育てと授業は共通しているんだなと思った次第です。

9.愛着形成の敏感期

《関わり方》のエビデンスは分かりましたが、《関わる時期》はいつがいいのか?

この点を補足しておきます。

「遊び」に関する有名な研究に「パーテンの遊びの分類」というのがあります。Parten(1932)

それによると「一人遊び」の敏感期(発達上に適した時期)は2歳頃だと言われています。

ただし、この分類は幼稚園などにおける《子ども同士の遊び》を分類したもので家庭での《親子の遊び》は含まれていません。

しかし、愛着形成において《親子の遊び》(対話的・情緒的な対応)は重要です。

では、その敏感期はいつなのか?

これも様々な研究結果から明らかになっています。

【結論】親と子が一緒に遊ぶことが特に重要な敏感期(感受性の高い時期)は0~2歳

つまり、「一人遊び」の敏感期の前ということです。

発達心理学の研究結果からは、この時期が《愛着形成の敏感期》とされています。

親子のやり取り(抱っこ、微笑み、声の応答など)が愛着形成と情緒安定の基盤を作ります。

脳科学の研究結果では、この時期がシナプス形成の敏感期と重なります。

ミラーニューロンの活動が活発になり、親子の活動を通して「模倣」「指さし」「共同注視」などが行われます。

「敏感期」ですので、その時期を逃すと発達が破綻するわけではありませんが、

この時期での関わりが最適で最効率です。

10.愛着障害は社会問題である

  《愛着形成の不全》への対策
済 (1)どのような親の在り方が愛着形成に有効なのかを明らかにする
  (2)愛着形成の不全をなくすための社会制度を確立させる

最後です。(2)について解説します。

今回の講座では、神経発達症(発達障害)と愛着障害の違いから解説してきました。

神経発達症(発達障害)は生得的なのに対して、愛着障害は後天的です。

つまり、防ぐことが出来ます。

理解のない環境にある神経発達症(発達障害)の子は、二次障害(トラウマによる脳機能障害)に陥るリスクを背負います。

安心のない環境にある(広)愛着障害の子も、二次障害(トラウマによる脳機能障害)に陥るリスクを背負います。

二次障害ということは《その前に防げる》ということです。

診断名のある「反応性愛着障害」と「脱抑制型愛着障害」は、既にトラウマによる脳機能障害を発症しているということです。

この全体構造の中で考えた時、子育ての方法で重要なのは次の2つです。

(1)愛着形成の不全が起きないようにすること
(2)愛着形成の不全が起きた時はできるだけ早く修復すること(二次障害にならないように)

そして、愛着形成に有効な親の関わり方を示しました。

しかし、《愛着形成の仕方》は、世の中で共有されているとは言えません。

現世代ではスマートフォンの影響があり40を下回るのではないかと懸念しています。出典:柴田俊一『愛着関係の発達の理論と支援』(2019)

また、このような変化は、兵庫県で行われた大規模調査報告書「兵庫レポート」とも重なっています。出典:原田正文『子育ての変貌と次世代育成支援』(2006)

では、どうして日本人の養育能力は低下しているのか?

簡単に言うならその原因は「核家族化」です。

日本の《核家族化》は戦後の民法改正が大きな転機となりました。

親と同居する義務がなくなり、《夫婦と子どもだけで住むこと》が法的に正当化されました。

同時に、「51C型」という公営住宅の標準的な間取りが登場して「DK(ダイニングキッチン)」が広がりました。

それまでの間取りとは違って、《食事専用の場所》が住宅内に初めて設けられたのです。

それまでの住宅では《食事をする部屋と寝る部屋が一緒》なのが一般的でした。

食事をし終わったあとに布団を敷くという形式です。

この変化が家族の生活習慣に影響するのは当然のことでしょう。

いい面もあれば悪い面もあるでしょうが「変化」したことは間違いありません。

当時の様子だけを見るならば、《DKは新しい》《DKは衛生的で便利》《夫婦と子どもだけで住むことは憧れ》という流れで核家族化が進んだとみられます。参考:松田妙子『家をつくって子を失う』(1998)

こうして、夫婦と子を最小単位とする核家族化が進み、それはもはや不可逆な流れとなりました。

では、どうして「核家族化」によって養育能力は低下するのか?

柴田俊一氏は「見様見真似の子育ての伝承」が途切れたことを指摘しています。(前掲書)

要するに、《大人が赤ちゃんをあやしている様子を見たことがない》とか、《赤ちゃんを抱っこをしたことがない》などの視覚的感覚的な体験です。

今、高校等への進学率は98.7%と、ほとんどの人が高校に進学しています。出典:令和5年度学校基本調査

しかし、高校の家庭科の教科書で〈子育ての仕方〉が表現されているのは、全体224ページの中で、たったの「3文」だけです。

愛着形成については、乳児の《発達の仕方》の説明で終わっていて、《対応の仕方》に関する記述はありません。

高等教育は、実学ではなく、《試験に出るか・出ないか》の虚学になっているのです。

これは日本に限らず、欧米などの都市化産業化が進んだ近代民主主義国家にも見られる現象です。

アメリカの心理学者ジュード・キャシディらは次のように述べています。

あまりにも多くの親が、子どもの発達や幼少期の親子関係の重要性に関する知識が不十分なまま、また、子どもに優しく、敏感に反応する子育てに必要な知識とスキルを身につけずに親になっています。出典:ジュード・キャシディ他「愛着理論と研究の貢献:将来の研究、実践、および政策のための枠組み」(2013)

そして、その原因を次のように指摘します。

残念ながら、公立学校ではどの学年においても、将来の親のための教育がほとんど行われていません。アメリカの学校では、子育ての成功よりも性教育に重点が置かれているようです。(前掲論文)

その「性教育」も次の内容だと書かれています。

健全な親子関係の基盤となる健全な夫婦関係の構築と維持に関する愛着に関する研究が相当数あるにもかかわらず、ほとんどの性教育の授業では夫婦関係の他の側面は扱われていません。大学レベルでさえ、健全な結婚生活と子育てのための若者の準備を目的としたコースはほとんどありません。(前掲論文)

そして、主張します。

研究者と教育者は協力して、高校や大学教育の一環として実施できる、将来の親のためのカリキュラムを開発すべきです。愛着に関する研究に基づいた、経験的に裏付けられた親のトレーニング プログラムがいくつかありますが、これらはまだ一般教育の一部にはなっていません。(前掲論文)

私は、まったく同じことを考えている研究者の存在に勇気をもらいました。

私の目標は「子育て教育」を学校教育に組み入れることです。

そのために様々な活動をしています。

たとえば、中高生に向けて《愛着形成の仕方》を伝える出前授業「赤ちゃん学」を全国展開しています。

現在、2025年の11月12月の予定を含めて「5777名」の児童生徒がこの授業を受けてくれています。

また、この授業は『未来のために知っておきたい みんなの子育てスキル』として書籍化され、世の中に広がっています。

《愛着形成の不全》はなくすことが出来ます。

エビデンスは既にあります。

予防も修復も可能です。

もし、学校や保育の現場で、(広)愛着障害の子が増えているとすれば、それは社会問題なのです。

愛着形成の仕方をシェアするための社会制度を確立させる必要があるのです。

最後に、「愛着形成に見られる子どものタイプと愛着形成に有効な子育て」をまとめた図と、ジュード・キャシディらの論文の原文を示して終わります。

Attachment research has clearly established the importance of early experiences with parents for child development. Yet far too many parents enter parenthood with insufficient knowledge about child development and the importance of the early parent-child relationship, and without the knowledge and skills needed to parent in a sensitive, responsive manner. Unfortunately, there is almost no future-parent education at any grade level in public schools. In American schools, there seems to be a greater focus on education about sex than about successful parenting. (And most sex education classes do not deal with other aspects of couple relationships, even though there is a considerable body of attachment-related research relevant to establishing and maintaining healthy couple relationships – a foundation for healthy parent-child relationships.) Even at the college level, there are few courses aimed at preparing young adults for healthy marriages and parenting. Researchers and educators should work together to develop future-parent curricula that could be implemented as part of high school and university education. There are several empirically supported parent training programs based on attachment research, but these have yet to be made a part of general education.
出典:ジュード・キャシディ他「Contributions of Attachment Theory and Research: A Framework for Future Research, Translation, and Policy」(2013)

水野 正司

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1件の返信

  1. 2025年10月31日

    […] つまり、講座548で解説した「(広)愛着障害」です。 […]

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