講座515 プレコンセプションケア
1年後、恋をしているかもしれない。
3年後、結婚しているかもしれない。
5年後、家族が増えているかもしれない。
このフレーズ、ご存知ですか?
これは「こども家庭庁」などが推進している「プレコンセプションケア(通称「プレコン」)の枕詞です。
英語のコンセプション(Conception)とは「受胎」という意味です。
そして、プレコンセプションケア(Preconception care)とは、将来の妊娠を考えながら健康な生活をしましょうという啓発運動です。
今回はこの「プレコン」について解説します。
2.発酵食品のエビデンス
3.エピジェネティクス最新事情
4.プレコンノート
1.エコチル調査
環境省では2011年から10万組の親子に大規模な疫学調査「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」を実施しています。
赤ちゃんがお母さんのお腹にいる時から定期的に健康状態を確認して、その環境要因が子どもたちの成長・発達にどのような影響を与えるのかを明らかにする調査です。
この追跡調査の終了は2027年とされていますので、最終的な結果が出るのはまだ先です。
しかし、これまでに400以上の結果が報告されています。出典:成果発表一覧(環境省)
たとえば、2013年の報告に「ポリ塩化ビフェニル(PCB)と胎盤の合胞体栄養膜細胞と胎盤増殖因子の関係」という結果報告があります。出典:報告№33
結果だけを取り出しますと次のように書かれています。
PCB曝露は胎盤の合胞体栄養膜細胞を減少させる一方、胎盤成長因子の増加に関与してることが分かった。
PCBというのは、ポリ塩化ビフェニルです。
現在は法律によってPCBの廃棄や製造は規制され、特に高濃度の廃棄物は出ていないことになっています。
しかし、すでに環境中に放出されたPCBは、自然分解されにくく、長い間残留し続ける性質を持っているので食物連鎖によって循環している可能性はあります。
こうした経路で化学物質を食べたり、吸い込んだりして体の中に入って来ることを「曝露(ばくろ)」と言いますが、PCBの曝露は母体内で胎盤を作る時に働く「合胞体栄養膜細胞(栄養膜細胞)」を減少させることが分かったということです。
胎盤の形成が遅れると、胎児への酸素や栄養の供給が不十分になり、胎児の発育遅延(FGR)が生じます。
そして、それは胎児の神経発達に影響します。
2013年の報告でこのことがわかったということは、PCBがまだ私たちのまわりに残っていることを示唆しています。
いわゆる「環境ホルモン」の影響はゼロではないということです。
2.発酵食品のエビデンス
別な報告も見てみましょう。
最近の報告の中に「妊娠中の母親の発酵食品の摂取と子どもの 3 歳時点における神経発達の関連」(2024)があります。出典:報告№462
妊娠中の母親の発酵食品の摂取と、子どもの発達遅滞のリスク低下に関連がみられた。本研究は直接的な因果関係を示したも
のではなく、食事と子どもの発育に影響を及ぼす因子を評価するためには、さらなる研究が必要である。
要するに、妊娠中に発酵食品を食べると子供の発達に良い影響があるということが分かったということです。
「発達」とはどのような発達なのでしょう。
もう少し詳しく見てみましょう。
各食品で、摂取量が最も少ない群を参照群として解析した。チーズでは、参照群よりも摂取量が多いすべての群において発達遅
滞のオッズ比が低かった。(調整オッズ比:0.84-0.82)。ヨーグルト、味噌は最も多く摂取していた群ではコミュニケーションの項目
で発達遅滞のオッズ比が低かった(調整オッズ比:ヨーグルト 0.89、味噌 0.87)。納豆はいずれの群においても、発達遅滞のリス
クの低下は示されなかった。
ヨーグルトと味噌は、コミュニケーション能力の発達に良い影響があったということがわかります。
そして、チーズは万能、納豆は有意性が示されませんでした。
この調査で用いられた発達検査はASQ-3という生後 1 か月から 5 歳半までの子供の発達を評価する検査です。
評価項目は次の4つです。
①コミュニケーション能力(言葉の理解力や話す能力)
②粗大運動能力(走る、ジャンプする、バランス感覚、協調性など)
③微細運動能力(手や指先の細かい動き、つまむ、絵を描く、物を操作するなど)
④問題解決能力(関係性の理解やパズルを解く能力、新しい状況への適応力など)
どれもその後の生活や学習において重要な項目です。
考察には次のように記されています。
腸内細菌叢と神経発達には、腸脳相関の観点から関連があると考えられている。子どもの腸内細菌叢は、出生時に母親から引
き継がれるため、母親の腸内環境は子どもの神経発達にも影響する可能性が考えられた。発酵食品は、腸内環境を改善する食
品として知られているため、妊娠中の発酵食品の摂取が子どもの発育に何らかの影響を与えることが推測された。本研究では、
妊娠中の母親の発酵食品の摂取が、子どもの 3 歳時点の発達遅滞のリスクを低下させたことを示した。しかし、本研究の神経発
達の評価は診断的なものではないことや、便の検査は行っておらず、実際に腸内細菌に変化があったかは確認できていないこと
などは考慮しなければならない。
やはり「脳腸相関」は実際にあることがわかります。
ただし、これは「妊娠中の母親の食事内容」についての調査です。
重要なのは妊娠中であるという点です。
出生以降も、3歳までは腸内細菌が定着するという知見も散見されますが、重要なのは母子伝播と出産形態と授乳形態と言われています。出典:「新生児・乳児期の腸内細菌叢とその形成因子」(2019)
最後に、自閉症に関する報告に触れておきます。
「妊娠前・妊娠中の身体活動量・睡眠と 3 歳児の自閉症との関連」(2022)出典:報告№260
【結論】本研究の結果から、妊娠中の身体活動量および睡眠時間は、子どもの 3 歳時までの自閉症の診断と関連する可能
性があることが示唆された。
【考察】妊娠前・妊娠中の生活習慣は、母体の炎症や代謝(血圧・血糖・血液中の脂質)などを介して、子どもの神経発達に影
響を与える可能性が考えられる。また本研究の結果では、妊娠前よりも、妊娠中の生活習慣の方が子どもの神経発
達に影響を与える可能性が示唆された。妊娠中の身体活動量や睡眠などの生活習慣を改善することは子どもの神経
発達にも良い影響を与えるかもしれない。
発達障害を理解するためには、成長後のことだけにとどまらず、妊娠中・妊娠前のことについても理解するステージが出来上がりつつあります。
エコチル調査の最終報告は2027年以降まで待たなければなりませんが、既に明らかになっている知見を共有し、少しでも子育てが充実したものになるようにしていかなければならないと考えます。
なお、ここでは環境化学物質や食事などの例を示しましたが、最後に取り上げた睡眠のように母体の環境・ストレスに関する内容も関連することを忘れてはならないと思います。
3.エピジェネティクス最新事情
人の遺伝子にはONとOFFのスイッチがあり、何らかの影響によってスイッチが入る仕組みをエピジェネティクスと言います。
発達障害の特性を示す遺伝子は誰もが持っていて、いくつかの脳機能がONになったりOFFになったりすることで「特性」が現れるという考え方です(OFFになる影響の方が多い)。
どんな刺激がスイッチに作用するのかは解明されつつあります。
現在のところ「ストレス」と「環境化学物質」が大きな要因です。
ストレスというのは、DVや虐待や叱責などです。
環境化学物質とは、農薬、食品添加物、ダイオキシン、○○剤(殺虫剤、除草剤、洗剤、柔軟剤、消臭剤など)、⑤その他(タバコ、化粧品、マイクロプラスチック、住宅建材など)です。
これらの「ストレス」と「環境化学物質」が、精子や卵子、胎児、さらには乳児・幼児・児童への刺激となって遺伝子に影響します。
小児科医の久保田健夫氏は、近年になって子供の発達とエピジェネティクスに関連する研究論文が急激に増加していることを示しながら、次のように述べています。
本研究では子どもの脳の発達を神経発達と精神発達を切り口に、この30年間のエピジェネティクス研究を振り返ってみた。その結果、近年の研究から、エピジェネティクスがストレスに対するからだやこころの受け皿であること、幼少期の劣悪な環境は脳を傷害させること、良い養育環境の提供はその子の生涯にわたる健康基盤の確立に貢献することが示唆された。出典:「子どもの脳の発達に関するエピジェネティクス研究」(2020)
これまではエピジェネティクスと言えば、精子や卵子、胎児に対する影響がイメージされがちでしたが、近年では、生まれた後の影響についても研究結果が報告されるようになっているわけです。
なぜならそれは、乳幼児期から少年期が《脳をつくる大切な時期》だからです。
その中でも特に0歳児の愛着形成期は脳をつくる《はじめの一歩》です。
自閉症などの特性を持って生まれた子への働きかけは、理解がなければその子にとって「ストレス」になる可能性があります。
そして、そのことがもともと持っていた特性をさらに強化させることがわかってきています。
近年ではどのような研究がおこなわれているのかをざっと見てみましょう。
・養育環境によるエピジェネティクスを介した自閉スペクトラム症の後天性発症
・先天性の発達障害疾患のエピジェネティクス異常のiPS細胞による再現
・ADHD児のドーパミントランスポーターのエピジェネティック異常
・発達障害児の二次障害(内在化障害と外在化障害)のエピゲノム
・妊娠中のダイエットに妊娠中の喫煙による子どもの中の長期エピジェネティック変化
・妊娠中の夫の暴力による胎児エピジェネティクス変化
・胎児期のストレスの受け皿であるエピゲノム
・愛着ホルモンの受容体遺伝子のエピジェネティクス異常の効果
・未熟児の出生後の長期入院によるエピジェネティックな発達影響
・虐待を受けた子どもに生じた遺伝子のエピジェネティクス異常
・虐待で生じた脳の扁桃体と海馬領域のエピジェネティックな変化
・虐待によって生じたエピジェネティックな刻印の老年期までの残存
・幼少期の虐待による精子のエピジェネティクス変化と次世代効果
・被虐待児に対する母子支援プログラムのエピジェネティックな効果
・乳児期の愛着形成の程度を反映するエピジェネティック変化
・自閉スペクトラム症の社会性を反映するオキシトシン受容体エピゲノム
・幼少期の環境を記憶するエピゲノムを指標にした先制医療の提唱
出典:「子どもの脳の発達に関するエピジェネティクス研究」(2020)
これらを見ると、誕生後の影響についても研究されていることがわかります。
「喫煙」「暴力」「「ストレス」「虐待」は必ず出てきますね。
研究結果が気になる方は聖徳大学の久保田健夫教授の論文「子どもの脳の発達に関するエピジェネティクス研究」(2020)をご覧ください。
4.プレコンノート
最後に、国立成育医療研究センターが発行している「プレコンノート」の一部を紹介させていただきます。
昔の日本人は、7世代先の事を考えて生活していたと聞いたことがあります。女の子は体を冷やしちゃいけない、なども、子供を産む大事な体ということでしょうか。
お母さんになること、それは本当は生き物にとって、最も大事て尊い事だという認識が広まるといいなと思います。そういった観点から社会毒や食生活への意識も高まるかなと感じます。
何で、子育てや家事より、賃金が派生する仕事の方が上で、子育てや家事を押し付けられる女性は差別されているという風潮があるのか不思議です。
“In our every deliberation, we must consider the impact of our decisions on the next seven generations.”
「どんなことでも7世代先(セブンス・ジェネレーション)のことを考えて決めなくてはならない」
ネイティブ・アメリカン(インディアン)の教えらしいです。
でも、日本にも同じような教えがありそうに思います。探してみたいです。
「子育て1人あたり月給30万くらい」でちょうどいいかな。(^^)/