講座587 整列せずに走り回る子への見取りと対応
園児たちのお帰りの時間です。
歩いて帰ることになっている園児たちが玄関の中に並びました。
お帰りの方向によってグループは3つに分かれていました。
年長さんたちは下の子と手をつなぎます。
先生方は子供たちが揃っているかどうかを確認します。
でも、こういう時って、どうしてもじっとしていられない子っていますよね。
C君は整列ができずに外へ走り出してしまいました。
H先生がチームワークで助けに入ります。
どうするのかなと見ていたら、
H先生はC君の名前を呼んで「ハイタッチしよう!」と呼び掛けています。
ん? どうしてハイタッチ?
すると、C君は走るをやめてH先生とハイタッチをし始めました。
しばらくタッチを楽しんだ後でH先生はC君の手を引いて、みんなが並んでいる列の中にC君を戻しました。
今回はH先生のこの行動について解説します。
2.C君はなぜ走り出したか?
3.「ハイタッチ」が効果的な理由
4.「接続リダイレクト」というスキル
5.他の子はどう見ているのか?

「えっ? 並ばせなくていいの?」
こういう場面を見た多くの人は、〈列から離れて走り出してしまった子を並ばせなくていいの?〉という疑問を持つのではないでしょうか。
他の子どもたちは玄関の中で並んでいるわけですからね。
一人だけ〈はみ出して〉勝手に出て行ってしまった子を、
〈先生なら並ばせるべきではないのか?〉という意見の人もいるでしょう。
それと、もう一つよく言われるのが、
〈他の子どもたちに〝示し〟がつかないのでは?〉という意見です。
並ばなかった子に対して、叱らずに優しく対応してしまったら、同じように〈はみ出して〉しまう子を出してしまうのではないかというわけです。
確かにそういうこともあるでしょうね。
でも、H先生はC君に対して、叱るどころか、C君が喜ぶ「ハイタッチ」をしてあげていました。
このことについて丁寧に解説したいと思います。

1.無理に並ばせなかった理由
H先生は叱って連れ戻すことはしませんでした。
それはなぜでしょう。
幼児にとって、〈玄関で整列してみんなが揃うまで数分間待ち続ける〉という行為をするためには複数の能力が必要になります。
①〈ここで並ぶ〉という指示を覚えておく【ワーキングメモリ】
②列から出たい衝動を抑える【抑制機能】
③周囲の刺激に注意を奪われない【注意持続力】
④いつ終わるか分かりにくい時間を耐える【時間理解力】
⑤立位姿勢を維持する【身体調整力】
⑥周囲の子どもの行動に合わせる【集団参加力】
⑦待っていれば次の活動が始まるという【見通す力】
これらの能力は、大まかな言い方になりますが、「実行機能(Executive Function)」と呼ばれています。
実行機能は脳の前頭前野(おでこの裏側)にあって、幼児期から大人にかけて発達する部分です。

この図は実行機能の発達と年齢との関係を示したものです。出典:ハーバード大学のCenter on the Developing Child 「InBrief: Executive Function」(2012)
図からわかるのは次のようなことです。
a. 生まれながらに持っている能力ではない
b. 幼児期(3~5歳)から発達し始める
c. 幼児期に完成しているわけではない
d. 小学校入学後に急速な発達が見られる
e. 25歳頃に最も高い
つまり、脳の発達を考えると、〈玄関で整列してみんなが揃うまで数分間待ち続ける〉ことが出来ない子がいても当然というわけす。
また、アメリカのCDC(米国疾病予防管理センター)は、年齢ごとの発達指標(マイルストーン)を公開していますが、それによると、
「他児とのゲームでルールに従う、または順番を守る」という行動ができる5歳児は「75%程度」
と示されています。
つまり、「ルールを守る」「順番を守る」という行動ができる5歳児は「75%程度」で、約25%の5歳児には難しい課題であるということです。
この指標は大規模な健診データに基づいて小児発達の専門家が徹底的に検討して作成したものですから高い信頼性を持っています。
ここから考えても、幼児期では〈玄関で整列してみんなが揃うまで数分間待ち続ける〉ことが出来ない子がいても当然だと言えます。
出来ない子がいても当然だという認識(見取り)
この〈見取り〉ができるのとできないのとでは、〈対応〉の仕方に差が出ます。
たとえ「実行機能」の発達のグラフを知らなくても、CDCの「マイルストーン」を知らなくても、
多くの先生方はこのことを〈経験的〉に認識しているはずです。
だから、咄嗟の時でも、すぐに身体が動き出すわけです。
H先生の場合を例にすると、「戻って来なさい!」と大声を出すのではなく、C君のそばに行って「ハイタッチ」をさせようとする方向に身体が動き出すわけです。

2.C君はなぜ走り出したか?
次に、C君が走り出した理由について考えてみたいと思います。
こういう場合、理由をC君に聴いても分からくて当然です。
また、大人がその理由をあれこれ考えても沢山出て来て切りがありません。
しかし、明確に言えることは、あります。
負荷がC君の自己制御力を上回っていた
「負荷」というのは、〈玄関で整列してみんなが揃うまで数分間待ち続ける〉という行動です。
この行動が、現時点でのC君の自己制御力を上回っていたということです。
具体的には、前述した①~⑦の能力のどれかが発達途中だったということになるでしょう。
それは、〈ここで並ぶ〉という指示を覚えておく「ワーキングメモリ」の未発達かも知れません。
列から出たい衝動を抑える「抑制機能」の未発達かも知れません。
立位姿勢を維持する「身体調整力」の未発達かも知れません。
特定はできませんが、「負荷」が大き過ぎたという理解は重要です。
なぜ「重要」かと言いますと、C君への理解が〈次〉に進むからです。
そこで、その〈次〉を考えてみます。
それは、
負荷が大き過ぎた子どもはどんな行動を取るか?
という思考です。
C君は、並んで待つことが苦手な(出来なかった)わけですから、それ〈以外の行動〉を取ります。
この場合は〈列から抜けて走り回る〉という行動です。
ここが重要です。
自己制御しなければならない場面において走り回るのは、走り回ることによって「自己調整」をしているという理解です。
走り回ることによる「自己調整」とは、
・筋肉や関節に強い感覚が入る
・前庭感覚が刺激される
・心拍や覚醒水準が上がる
・単調な待機状態から抜け出せる
・自分で刺激を作り出せる
・不安や退屈から離れられる
といったことです。
ですから、無理に止めるのではなく、「あ、いま自分を保っているんだな」というくらいの見取り方です。
〈走り回るのは離脱ではなく調整である〉という理解です。
この理解を持っているかどうかでも、子どもへの対応は違って来ます。
ただし、いつまでも〈ただ見ているだけ〉では変化が起きませんよね。
そこでH先生は「ハイタッチ」を繰り出したわけです。

3.「ハイタッチ」が効果的な理由
ハイタッチには、
・楽しい
・身体を動かせる
・接触感覚がある
・先生から注目を受けられる
・成功が明確である
・すぐ反応が返ってくる
といった報酬性があります。
しかも、この場合は、〈C君はハイタッチが好き〉ということが分かっていましたから成功する可能性は高くなります。
走り回っている途中であっても、ハイタッチの姿勢でしゃがんでいる先生が目に入ると、
そっちの報酬のほうが魅力的に感じられて、行動が切り替わります。
ここもまた重要です。
「目に入ると」という部分です。
言葉が未発達なお子さんの場合には、〈言葉による指示〉よりも〈視覚的な情報〉の方が分かりやすい場合が少なくありません。
特に、本人が自己調整している時(走り回っている最中)には、言語情報は入りにくくなります。
ですから、H先生は、〈しゃがんだ姿勢〉で、〈ハイタッチのポーズ〉を取って見せたわけです。
そして、「H君、ハイタッチ!(しよう!)」という言葉を発しましたが、
これは〈言葉〉というよりも、注意を向かわせる〈音〉として機能します。
〈先生が何か言ってる〉と気づいて、そちらの方を見ると、〈しゃがんだ姿勢〉で〈ハイタッチのポーズ〉をしているH先生が「目に入る」わけです。
この対応に名前を付けるとすれば「言語を介さない(Nonverbal)」というスキルになるでしょうか。

そして、さらにここに「子ども選択(Choice Support)」というスキルが重なっています。
C君にとって、H先生のほうに近づくかどうかは自由です。
自分で決められます。
C君の頭の中では、「走っている最中だけど、ハイタッチも楽しそうだな。どうしようかな?」という選択的感情が湧き上がります。
これが「子ども選択」というスキルです。

H先生の対応には、「言語を介さない(Nonverbal)」+「子ども選択(Choice Support)」=「言葉を介さない子ども選択(Nonverbal Choice)」という二重のスキルから成り立っています。
超簡単に言うと〈ジェスチャーでC君に行動を選ばせている〉となります。
これだけでも高度な〈見取り〉と〈対応〉なのですが、この対応にはゴールがあるのです。

4.「接続リダイレクト」というスキル

H先生は数度にわたってC君とハイタッチを楽しみました。
そのことによってC君は、
・先生を見ることができる
・身体の動きを先生に合わせることができる
・一つの行動を完了させて報酬を得られる
・注意が先生との共有される
という状態になります。
これは走り回っていた時のC君とは全く違う状態です。
しかし、C君自身にとってはまったく自然な行動です。
自分で見つけて、自分で選択して、報酬を得られているわけですから。
そして、H先生は背中で玄関の状況を察知します。
そろそろ出発状態がそろうかなあというタイミングで、
「じゃ、戻ろうか!」とか、
「みんの所に行こう!」などと〈短い言葉〉で伝えると、
言葉が入りやすくなります。
これを「接続リダイレクト(子どもが応じやすい動作で教師との間に接続をつくり、注意と行動を適切な方向へ切り替えるスキル)」と呼びます。参考:「Teaching Tools for Young Children (TTYC)」(2025)
少し長く説明しますと、
「ハイタッチ」によって身体活動を整理させ、
先生との共同注意を成立させた(言葉を受け取れる状態へ移した)ところで、
〈短い言葉〉によって中心となる行動へ誘導させるスキル
となります。
ここは推測になりますが、共同注意が成立した状態での〈短い言葉〉はC君に〈意味〉として理解できたはずです。
そして、こうした行動を重ねることによって、
「戻る」とか、「みんなの所」という言葉を〈経験〉によって理解します。
認知科学では、これを「記号接地(シンボルグラウンディング)」と言います。
言葉(記号)を、実際の体験や感覚と結びつけるプロセスのことです。
幼児が言葉の意味を理解するのは、大人の説明などではなく、こうした自らの体験によるところが大きいわけです。(参考:講座415 「気づく」ということ)
それとは逆に、先生が遠くから、「C君、戻ってきなさい」「今は並ぶ時間です」などとと声をかけても、C君には〈音〉として聞こえていても、行動を変えるための情報として十分に処理されない可能性があります。
すなわち、H先生の対応は単にC君を列に戻すというだけではなく、C君の言葉の発達をも促す対応になっているのです。
この「接続リダイレクト」というスキルは、「ピラミッドモデル」で推奨されている方法の一つです。
「ピラミッドモデル」とは、乳幼児の社会性や情動の発達を促し、対応の難しい行動を予防・解決するためにつくられた支援の仕方で、世界中の幼児教育の現場で導入されています。
ピラミッドのように下から上へと手厚くなる〈三つの層〉で構成されていて「MTSS(多層型支援システム)」とも言います。

〈三つの層〉を簡単に説明しますと、こうなります。
Tier 1:すべての子どもに向けて「心理的安全性」と「敏感な応答性」で対応
Tier 2:社会性や感情のコントロールが難しい子どもたちへの支援
Tier 3:自身や他者に危険を及ぼすような特定の子どもへの支援
C君は「Tier 2(ティア・ツー)」に該当するお子さんとなります。
「Tier 2」のお子さんに対しては、個別に取り出すのではなく、全体指導の中で支援を工夫するという対応をします。
まさに今回のH先生の対応がそれです。
「ピラミッドモデル」では、その対応方法が「SEL(社会性と情動の学習)」と「PBS(ポジティブ行動支援)」に基づいています。
以前、参観させていただいた長野のこども園でもこのシステムを導入されていました。
「ピラミッドモデル」は、〈なんか良さそう〉とか、〈世界最先端〉といった単なる保育理論ではありません。
科学的なアプローチで、〈効果が〉厳密に検証された実践です。
科学的根拠には「エビデンスレベル」というものがありますが、「ピラミッドモデル」は、最上位の「システマティックレビュー」または、上から二番目の「ランダム比較試験」によって〈効果が〉実証された実践です。
すべての子どもに対する保育としても、課題を抱えた子に対するアプローチとしても、非常に堅牢なエビデンスに支えられているので、日本でも近年、保育の質の向上やインクルーシブ教育の文脈で注目度が高まっています。

5.他の子はどう見ているのか?
最後に、この場面を他の子たち(整列している子たち)はどう思っているのかについて解説します。
たとえば、
「C君は一人だけ整列せずにわがままだ!」
とか、
「C君は先生の言うことを聞かない悪い子だ!」
などと思う子どもたちがいるかもしれません。
そういう疑念があることによって、先生方の中には、
「みんなの前で注意しなければいけない!」
と考える方もいるでしょう(学校ではよくあります)。
そこで、最後にこのことについて触れておきたいと思います。
このことには、個人差と年齢差が関係します。
この場合の個人差は〈その子の性格〉です。
性格によっては、C君が走り回っているのを見ても「わがままだ」「悪い子だ」などと思わない子もいます。
つまり、全員がそう思うわけではないということです。
このことは年齢に関係ありません。
次に、年齢差についてです。
この場合の年齢差とは〈発達の違い〉です。
3歳児であれば、「C君は並びたくないのかな」などとC君の心の中を想像する力はまだ十分に発達していません。
ですから、C君の行動を非難する子もいるかもしれませんが、ほとんど関心を示さない子もいると考えられます。
「C君だけ走っている」という〈状況〉には気づきますが、
それよりも、自分が並ぶこと、隣の子の様子、次に何をするのかなどで注意がいっぱいかもしれません。
それ以上のことは思わないような発達年齢です。
しかし、4歳児になると規範意識が強くなります。
「どうしてC君だけ?」
「私たちはちゃんと並んでいるのに!」
と感じる子がいても不思議ではありません。
4歳児は「公平=全員を同じようにすること」という概念が芽生え始める年齢だからです。
そのため、
「C君だけずるい!」
「C君、並んでいないよ!」
といった〈指摘行動〉も出てきます。
これは意地悪ではありません。
〈覚えたルールを自分にも他者にも適用しよう〉とする発達上の姿です。
5歳児になると、一次の「心の理論」が発達しますので、他者の気持ちや意図、能力の違いなどを考慮するようになります。
したがって、大人からの説明があれば〈状況に応じた違い〉を理解できます。
特に、〈日常的に〉適切な説明を受けていれば、
「C君は並ぶのが少し難しい」
「先生が上手に戻してくれた」
という理解ができるようになります。
以上のように個人差と年齢差を考えると、
走っているC君を見ていても、全く関心が向かず、非難することも理解することもしない子もいるでしょう。
しかし、〈3~5歳という集団の中には非難や指摘をする子がいても当然〉という認識は必要です。
そこで、その上で、集団に対してはどうするかという話になります。
これは話が簡単で、〈大人が叱れば、子どもも叱る〉ということです。
家庭でも園でも同じです。
幼児の認識を最も左右するのは〈大人の態度〉です。
幼児は、C君の〈行動〉だけでなく、〈先生がC君をどう扱っているか〉を見ています。
先生が、
「またC君!」
「どうしてみんなと同じことができないの!」
という態度を示せば、周囲の幼児も、
「C君は困った子」
「C君は先生を困らせる子」
という見方を学びやすくなります。
反対に、先生が落ち着いて、
「C君、ここから一緒に歩こう!」
「電車になって戻ろうか!」
「C君、ハイタッチ!」
などと支援すれば、
「先生は困ったときには手伝う」
「できないときには、できる方法を探す」
という理解の仕方と対応の仕方を学びます。
そして、そのような〈学び〉をしている集団には、そのような〝文化〟が生まれます。
集団には「集団の教育力」というものがあって、〝文化〟や〝空気〟が生まれるのです。
C君の事情を大人のように言語的に理解していなくても、〈困っている子には助ける・工夫して助け合う〉という暗黙の学習が成り立つわけです。
強制ではなく暗黙なので、そうした集団では、子ども同士が助け合いを自然な形で行っているはずです。

以上で今回の解説を終わります。
また長くなってしまいました。(^^;
たったこれだけの小さな一場面であっても、その背後には沢山の理論や経験が詰まっています。
それは私たちが無意識にやっていることがほとんどなのですが、深掘りしてみると、ちゃんと先行事例があるものです。
それは「先人の知恵」と言ってもいいし、世界中の「現場保育者の実践」「研究者の研究成果」とも言えます。
ただし、日本の先生方は多忙です。
日常の中でそのようなことを学び取る時間はありません。
そこで私に〝白羽の矢〟が当たったのだと思っております。
でも、解説するとなると、このようにどうしても長くなってしまいます。
そこで今はブログ記事とYouTube動画の二本立てで発信をしています。
YouTubeでは、この記事を「1分52秒」にまとめています。
そちらのチャンネルもどうぞご活用ください。

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中標津ひかり幼稚園【研究】チャンネル






