講座581 喧嘩仲裁スキル
子ども同士で遊んでいると喧嘩になることってよくありますよね。
そんな時、大人である私たちはどのように対応したらよいのでしょうか。

預かり保育の時間。
園児たちが元気に鬼ごっこをしています。
その様子をM先生が見守っていました。
するとA君とB君が揉めています。
どうしたのかな?
注意して見ていると、A君がB君の首を絞めました。
これは見逃すわけにはいきません。
M先生は二人の所へ行き、喧嘩の仲裁を始めました。
M先生は、まず二人の位置の中間にしゃがみ、目線を合わせました。
この時、M先生の両手は二人の体に添えられていました。
そして、何があったのか事情を聴きます。
「ダメでしょ!」などと最初に叱ることを避けたそうです。
B君から事情を聴きました。
自分が鬼ごっこの「鬼」だと思っていたら、A君も自分が「鬼」だと思っていて、
お互いが「鬼だ!」と主張して喧嘩になったそうです。
A君に聴くとA君もそのことを認めました。
しかし、首を絞める行為は許されません。
M先生はその行為の危険性を具体的に話して聞かせます。
「B君が死んじゃうかもしれない」
「そうなったらもうB君とは会えなくなる」
M先生は悲しい顔をしてA君を諭しました。
そして、「どうしたらいいかな?」という雰囲気を作って考えさせます。
すると、A君はB君に「ごめんなさい」をしました。
B君も頷いてA君の謝罪を受け止めました。
最後にM先生は、「これで二人ともまた仲良く遊べます」と宣告し、喧嘩の仲裁は終了しました。
時間にすると、わずか1、2分のことです。

さて、M先生の対応を分析してみましょう。
M先生は短時間のうちに、次の三つを同時に行っています。
1.安全の確保
首を絞める行為を放置せず、直ちに介入している。
2.心理的安全の確保
大声で叱ったり、上から威圧したりせず、しゃがんで話を聴いている。
3.社会的学習の支援
大人が一方的に判決を下すのではなく、子どもに事情を話させ、危険性を理解させ、修復方法を考えさせている。
この三つがそろっているため、単なる「喧嘩を止めた対応」ではなく、「葛藤解決のミニレッスン」になっています。
この「葛藤解決のミニレッスン」という点が重要なんです。
子ども同士に解決の仕方を考えさせることによって、将来的には自分たちで解決できるようにしているのです。
しかも、〝丸投げ〟ではなく、解決というゴールに向けてサポートしていますよね。
実は、この1、2分の中には15もの保育スキルが使われています。
① 立ち位置(Strategic Positioning)
② 見取り(Observation for Understanding)
③ 目線合わせ(Eye-Level Communication)
④ 安全確保(Ensuring Safety)
⑤ 聞き出しトーク(Active Listening)
⑥ 両者聴取(Listening to Both Sides)
⑦ つなぎ思考(Perspective Taking)
⑧ 危険性の具体化(Explaining Consequences)
⑨ 気持ちラベル(Emotion Labeling)
⑩ ひらく質問(Open-Ended Questioning)
⑪ 葛藤サポート(Conflict-Resolution Coaching)
⑫ リペア(Relationship Repair)
⑬ なかまスキル(Friendship Skills)
⑭ 再参加支援(Social Reintegration Support)
⑮ 社会的問題解決支援(Social Problem-Solving Support)
英語でも付け加えたのは、海外の幼児教育でも広く使われているスキルだからです。
たとえば、④の「聞き出しトーク(Active Listening)」というのは、一方的に決めつけずに、何が起きたのかを遮らず最後まで聞く対応技能ですが、このスキルはNAEYC(全米幼児教育協会)や アジア、北米、南米各国で実践されている「SEL(社会的・情動的学習)」で広く使われています。
当たり前のことかも知れませんが、幼児の発達を促すスキルは世界共通なのです。

では、スキルの解説をします。
14のスキル全部を説明すると長くなってしまいますので、①、②、③のスキルについて解説します。
②から説明します。
②の「見取り(Observation for Understanding)」というのは、「理解のために観察する」というスキルです。
もう少し具体的にいうと、すぐに叱ったり介入したりせずに、子どもの行動や相互関係を注意深く観察し、何が起きているのかを理解する技能ということです。
A君とB君が喧嘩した場面では、「首を絞める」という危険な行為があったので、M先生はすぐに介入しましたが、これがもし、ただの言い合いだけであったなら、少し様子を見ていたはずです。
なぜなら、子供同士の喧嘩というのは、それ自体が「葛藤解決のミニレッスン」ですから、まずは自分たちでどこまでやれるかを観察するわけです。
できることなら、自分たちだけで解決することが望ましいですよね。
でも、それが難しいようなら助ける。それが「見取り」というスキルのスタンスです。
今回も危険な行為が起きる前までは、M先生は子どもたち全体の遊びが見える位置に立っていました。
これがスキル①の「立ち位置(Strategic Positioning)」です。
「ストラティック」は「戦略的」「目的的」という意味です。
「目的をもって立つ位置を選ぶ」というのが「立ち位置」というスキルです。
M先生はこのスキルを使っていたので、A君とB君の喧嘩を〈見取っていた〉のです。
そして、〈見取っていた〉からこそすぐに介入できたということになります。

③の「目線合わせ(Eye-Level Communication)」は、言葉の通り〈子どもと目線を合わせる〉というスキルです。
幼稚園児は背が低いので、目線を合わせるために先生方は「しゃがむ」という行為を頻繁に使っています。
イラストはこの時の実際の様子を表しています。
M先生はしゃがんでいますよね。
それもA君とB君の中間にしゃがんでいます。
こうすることによって二人に目を合わせることができます。
世界的にも「正面から詰めずに斜め位置で目を合わせること」が推奨されています。
まさに世界標準の対応です。

どうですか?
たかが喧嘩の仲裁、わずか1、2分の対応ですが、奥が深いですよね。
最後に、今回の喧嘩の仲裁を英語で表現してみます。
in-the-moment coaching(その場でのコーチング)
実は、この言い方は世界標準ではありません。
というのは、海外の公教育は〝計画的な実践〟に重きを置いているので、偶発的な出来事を積極的に利用するという考え方に適したスキルが存在しないのです。
しかし、日本では、むしろ〈集団生活の中で子どもを育てる〉という考え方が昔からあって、「失敗も勉強のうち」などとよく言われます。
園や学校生活の中で子どもたちは「小さなつまずき」を乗り越え、少しずつレジリエンス(困難を乗り越えていく力)を身に付けて行くものです。
たかが「喧嘩の仲裁」。
されど「喧嘩の仲裁」です。

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