講座532 小学生同士がキスするのはOKか?

先日、小学校の先生から相談されました。

ラブレターを送るのは禁止した方がいいですか?

ラブレターと似たものとして、手紙のやりとり、交換日記もありますが、

これらも禁止した方がいいですかという相談でした。

今回はこのことについて私の考えを提示します。

 目 次
1.折り紙のラブレター
2.「恋愛」の大局観
3.学校教育の役割
4.恋愛の小局手・「キス」の授業
5.キスの「皮膚学」
6.キスに関する「法律」
7.授業の終盤
8.法解釈

1.折り紙のラブレター

小学生だと女の子は4年生の二学期あたりから恋愛に興味を持つ子が増え始めます。

これは昔も今もあまり変わりないように思えます。

相談者さんの場合は6年生でした。

女の子が折り紙の裏にラブレターを書いて好きな男の子に渡したそうです。

しかも、その中身が、

「大好きだよ。キスしようよ。」

だったそうです。🥰

いやー、積極的ですねえ。

私は微笑ましいと思うのですが、

相談者さんは先生ですからねえ。

学校としてこのことにどう対応すべきかか悩んだそうです。

さて、私はどう答えるべきなのか。

2.「恋愛」の大局観

私は子育て支援者の立場からは「恋愛」は子供にとって大切なことだと思っています。

「大切」どころか「必要」だとさえ思っています。

恋愛は人類に組み込まれた重要なシステムです。

それを否定することはできません。

また、一人の子の人格の形成過程においても重要です。

その恋愛が成就されるかどうかは別として、

そこから様々なことを学べるはずです。

一人の大人になるためにも価値のあることだと考えます。

その前提に立って、《学校でのラブレターのやり取りをどうするか》という問題について考えてみたいと思います。

3.学校教育の役割

まず考えるのは時代の変化です。

現代を生きる子供たちにとって学校は貴重な集団生活の機会です。

家に帰ったらゲームやYouTubeや習い事などで一日が終わるのではないでしょうか。

帰宅してから友達同士で遊ぶ、まして集団で遊ぶ機会は少ないと思います。

そう考えると、学校にいる時間は貴重です。

習い事やスポーツクラブなども集団ですが、一定の目的を持った子供の集まりです。

そのような集団に比べて学校は、偶然性の高い不規則な集まりです。

この《いろんな子供がいる》というのが学校で社会性を育むという魅力です。

その価値は昔より今の方が間違いなく高まっているでしょう。

ですから私は学校での恋愛には教育的価値があると思っています。

ただ、学校教育には人格的な教育も含まれていますので、

手放しで恋愛をさせるわけにはいかないと思います。

そこにも「教育の機会」があります。

そうなると授業です。

当事者だけを呼んで個室で個別指導をするのではなく、

4年生なら4年生全員に同じ授業をするべきだと考えます。

ですから「手紙のやりとり」を禁止するのではなく、

「手紙のやりとり」に関する授業をします。

「交換日記」については「手紙」とは別な要素がありますから、保護者の許可を得るなども必要になるでしょう。

また、「手紙」も「交換日記」も学校全体の規定があるのならそれに従わなければなりません。

また、それが学校の「規則」なのか、児童会管轄の「校則」なのかによっても対応は違ってきます。

校則であれば、児童会に所属しているすべての児童に問題提起権がありますから、ラブレター禁止反対運動を展開することもできるでしょう。

それもまた「教育の機会」になります。

4.恋愛の小局手・「キス」の授業

さて、ではどんな授業をするかです。

今回は「手紙のやり取り」ではなく、「キス」に限定して授業をつくってみます。

「大好きだよ。キスしようよ。」

このラブレターを素材にした授業です。

【発問1】 
ある日突然、クラスの女子ら手紙をもらいました。
そこには「大好きだよ。キスしようよ。」と書かれていました。
あなたならどうしますか?
 (女子は男子からということで)

これだけで大騒ぎになるでしょうね。

【指示1】
あなたの考えをノートに書いてください。

考える時間をとります。

その後、意見を交流します。

絶対盛り上がるでしょうね。

賛成、反対、分かれると思います。

その後、教師の考えを話します。

「先生の考えを言います。
 先生が小学生だったとして言います。
 先生だったら相手が傷つかないように断ります。
 『ごめんね。そう言ってもらえるのはうれしいけどキスはダメだと思うよ』

 そんな感じです。」

「感想をどうぞ」

私のクラスでは、教師が何か話した後に、よくこのように感想を求めていました。

こういう時は「指名なし発表」と言って、指名をしません。

言える子が自分から席を立って発表を始めます。

【発問2】
先生は《小学生がキスをするのはダメだ》と考えています。
どうしてだと思いますか?

【指示1】
あなたの考えをノートに書いてください。

再び考える時間をとります。

考える時は必ず紙に書かせます。

《考えるな視よ。考える時は書け。》というのが級訓でした。

さて、みなさんならどうしてだと思いますか?

小学生がキスをしてはいけないことには明確な理由があります。

こういう時、教師は明確な理由を持って授業に臨まなけらばいけません。

そうでなければ授業は崩れます。

A君「おうちの人が心配するからだと思います」

Bさん「まだ大人じゃないからだと思います」

そんな答えが返って来るでしょうか。

発表のあとで答えを告げます。

先生が《小学生がキスをするのはダメだ》と考えている理由は、
《小学生はキスについての勉強をしていないから》です。

こういう時は大抵、こんな風にちょっと意外なことを話します。

「意外なこと」は集中力を高めます。

人はわけのわからないこと(これを「不確実性」と言います)に出会うと、その不安定さを解消しようとします。

これを内発的動機付けと言います。

小学生がキスをするのがダメな理由が、《キスについての勉強をしていないから》というのはちょっと意外です。

子供たちからは絶対と言っていいほどに出てこない理由です。

こういうのを用意しておくわけです。

NHKの某番組の仕組みと同じです。

では、「キスについての勉強」とは何か、ということになります。

これは2つあります。

皮膚学と法律です。

5.キスの「皮膚学」

人の皮膚は「角質層」という硬い皮によって守られています。

「角質層」は死んだ細胞によって作られた壁です。

さらに「角質層」の表面には「皮脂膜」という「うるおい成分」があって紫外線や病原菌から体を守っています。

しかし、人間の体は100%が「皮膚」ではありません。

皮膚で守られていない部分もあるのです。

【発問3】
人間の体で皮膚に守られていない部分はどこだと思いますか。
7つ言ってください。

「皮膚で守られていない部分」とは「外気と触れている粘膜」のことです。

7か所あります。

①口
②鼻
③のど
④目
⑤肺
⑥消化器官
⑦生殖器

この場合の「口」とは「唇」と「口の中」です。

厳密にいうと「唇」には薄い角質層があって皮膚と粘膜の中間的部位ですが、大きく分けると粘膜に含まれます。

粘膜にも外部からの病原菌から守る働きはありますが、皮膚に比べると弱いです。

免疫力が低下している場合や、病原菌の侵入量が多い場合には、感染症を引き起こす可能性があります。

【発問4】
唇が赤いのはどうしてですか?
知ってる人?

「皮が薄くて、その下にたくさんの毛細血管が集まっているからです」

【発問5】
キスで病気はうつるでしょうか。
うつると思う人? うつらないと思う人?

「必ずではありませんがうつる可能性はあります」

次のような病気にうつる可能性があります。

①虫歯
②歯周病
③ヘルペス
④伝染性単核球症
⑤梅毒
⑥呼吸器感染症(コロナやインフルエンザなど)

大人ならわかると思いますが「ヘルペス」と「梅毒」は性感染症です。

性感染症については小学校で習いません。

6年生の保健の教科書に「エイズ」に関する記載が少し出て来る程度です。

しかし、6年生ともなれば性感染症に関する知識を友達やメディアなどで知っている子はいるでしょう。

梅毒は『薬屋のひとりごと』に出て来ますしね。

そういえば、壬氏が猫猫の唇に指をつけて間接キスをする場面で猫猫は「うつるじゃないか!」と言ってました。

猫猫は性に関する知識が豊富ですからね。

ちなみに、エイズはキスで感染する病気には該当しません。

エイズの感染経路は「血液」「精液」「膣分泌液」「母乳」です。

キスをする双方の口の中に傷や出血がある場合なら可能性はります。

以上のようなことは小学校の教科書には出て来ません。

《キスについての勉強をしていない》というのはそういうことです。

6.キスに関する「法律」

次は法律です。

2023年7月13日に施行された改正刑法により、強制わいせつ罪は「不同意わいせつ罪」に名称が変更され、処罰対象が明確化されました。

そこで問題です。

【発問6】
相手が嫌だと言ったのにキスをしたら犯罪になるでしょうか?
犯罪になると思う人? 犯罪にならないと思う人?

これは小学生でも「なる」が多いでしょうね。

答えは「不同意わいせつ罪になる可能性がある」です。

【発問7】
小学生同士の子供が「いいよ」と言ってキスをしたら犯罪になるでしょうか?
犯罪になると思う人? 犯罪にならないと思う人?

これならどうでしょう?

小学生がお互いに同意してキスをした場合です。

これは考えが分かれるかもしれませんね。

皆さんは答えが分かりますか?

刑法では次のことが基準になっています。

16歳未満の場合は「行為の性的意味を認識する能力」が備わっていないと考える。

法律上では16歳未満の場合には同意があったとしても「正しい判断ができない」とみなされることがあります。

改正前はこれが「13歳未満」でしたが、諸外国と比べて13歳は低すぎるという批判があって16歳に引き上げられた経緯があります。

では、キスが性的行為にあたるかということですが、

キスが「わいせつな行為」にあたるかどうかは、状況によって判断されます。

挨拶や友情の表現としてのキスは性的行為に当たらないと思われますが、抱き寄せてのキスなどは性的行為に該当する可能性があります。

いずれにしても、法的には《そのようになっている》ということです。

そして、その前提には《16歳未満の場合は「行為の性的意味を認識する能力」が備わっていないと考える》という考え方が存在します。

「このようなことを知っていましたか?」と問えば、ほぼ間違いなく小学生は知らないでしょう。

《キスについての勉強をしていない》というのはそういうことです。

7.授業の終盤

「でも、今みんなは、この授業を受けて、キスのことを勉強してしまいましたよね」

「では聞きます」

【発問8】 
ある日突然、クラスの女子ら手紙をもらいました。
そこには「大好きだよ。キスしようよ。」と書かれていました。
あなたならどうしますか?
 (女子は男子からということで)

「キスしちゃうという人? 相手が傷つかないようにうまく断るという人?」

「実は、勉強してしまった人がどうしたらいいかということも法律に書かれています」

「知りたいですか?」

法律では次のようになっています。

キスのことや性に関することに詳しくなったとしても、16歳未満の人は自分をコントロールする能力がまだ十分に育っている年齢ではないので、「わいせつな行為」をしてはなりません。

自分をコントロールするためには脳の前頭前野というところが発達していなければなりません。

小中学生の年齢ではここが未発達なのです。

本当は16歳でもまだ十分には発達していません(24歳頃に成熟するといわれる)。

でも、高校生だったら性に関することを学校で勉強しますし、判断力もついて来ていると考えて「16歳」を一つの区切りとしています。

皮膚の知識や性の知識や法律の知識を勉強するためには難しい言葉や文章を読んでその意味を理解できなければなりません。

その上で、人間関係や状況を考えて判断を下さなければなりません。

ですから人間は、他の動物と比べて、大人になるまでの時間が長いのです。

以上で今日の勉強を終わります。
最後に授業の感想をノートに書いてください。

だいたいシーンとなります。

鉛筆の音だけが教室に響きます。

6年生が相手だったら、そういう授業をしたいと思います。

8.法解釈

最後に出典について書きます。

法律に関する出典は「刑法」です。

刑法にはキスに関する規定は書かれていませんし、性的同意年齢についても明記されていません。

しかし、解釈によってこの二つは導き出されます。

根拠となるのは第百七十六条です。

(不同意わいせつ)第百七十六条
3 十六歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)も、第一項と同様とする。
出典:刑法

この条文にある「十六歳未満」という年齢がそれです。

ここの解説は法務省の「性犯罪関係の法改正等Q&A」に出ています。

A7 改正前においては、13歳未満の人に対して性的行為をした者をそのこと自体で強制わいせつ罪・強制性交等罪により処罰することとされていました。
 性犯罪の本質的な要素が「自由な意思決定が困難な状態で行われた性的行為」であることからすれば、そのような自由な意思決定の前提となる能力が十分に備わっていない人に対しては、性的行為をしただけで、その性的自由・性的自己決定権は侵害されることになると考えられます。
 これまで、13歳未満の人は、そのような能力の内容として、(1)「行為の性的意味を認識する能力」が備わっていないと考えられることから、いわゆる性交同意年齢については、「13歳未満」とされてきました。

この「13歳未満」が「16歳未満」に引き上げられたわけです。

つまり、行為の性的意味を認識する能力が備わるのは16歳以上という解釈になります。

ですから、小学生同士でその一方が無理やりキスをした場合は「不同意わいせつ罪になる可能性がある」となります。

ただし、小学生は刑事責任能力がないと判断されることが多いため、刑事裁判ではなく、児童福祉法に基づく対応が中心となります。しかし、罪は罪です。

また、小学生同士が合意の上キスをした場合でも、行為の性的意味を認識する能力が備わっていないという考え方が前提にあります。

ただし、この場合は、キスという行為がわいせつな行為に当たるかどうかが問題になります。

そこは状況判断です。

わいせつな行為であれば、同意・不同意にかかわらず、「16歳未満」ですので「不同意わいせつ罪になる可能性がある」となります。

こういうところが法解釈の面倒なところです。

国語の読解とは別なスキルが必要になります。

要するに、たかがキスのことであっても、世の中にはそれなりの規定が存在しているということです。

それをただ単に「小学生はダメ」と言って片づけるのはもったいないですよね。

好奇心ある所に勉強の種あり。

それがホモサピエンスの脳を発達させて来ました。

水野 正司

子育て応援クリエイター:「人によし!」「自分によし!」「世の中によし!」の【win-win-win】になる活動を創造しています。

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