講座444 発達障害における「無意識」という考え方
ある小学校でこんな出来事がありました。
ASD(自閉症スペクトラム症)のS君とDCD(発達性協調運動障害)のD君が体育館でバドミントンをしていました。
DCDのD君は運動が苦手です。
サーブからして、何度も失敗して、やっと入ります。
反対に、S君はサーブが一発で入ります。
そして、D君はS君のサーブをうまく返せません。
このあと二人の間にトラブルが発生します。
今回はそのトラブルの分析と対応方法について書きます。(登場人物や設定は加工しています)
2.事件の報告
3.発達障害のマトリックス
4.感情パターンは記憶される
5.負のパターンを止める技術
6.心から寄り添うスキル
7.適切な対応は「らしさ」を発揮させる
1.キレやすいS君
ASDの特性の一つに《キレやすい》ということがあります。
この特性だけでも、二人がバドミントンをしている時に起きるであろうことが予想できますよね。
そうです。
ちっともラリーが続かないのでS君はだんだんとイライラして来ました。
そして、ある瞬間にラケットを床に叩きつけて壊してしまいました。
バシン!という音が鳴ったかと思うと、みんなが振り向き、場は一瞬凍りつきました。
S君に視線が注がれます。
先生も「どうしようか」と迷っています。
《頭ごなしに叱るのだけはよくない》
《ここでS君に何か言っても火に油を注ぐことになる》
先生はS君の特性をよく理解していました。
先生の視線とS君の視線が合いました。
その瞬間、S君は叫びました。
「Dが悪い!オレをイライラさせた!Dが悪い!」
次にS君はD君に襲い掛かろうとします。
D君は走って逃げます。
二人の追いかけ合いが始まりました。
先生は《このまま様子を見よう》《S君にとってのイライラ発散になる》と考えました。
実際、しばらく走り回るとS君は疲れて追いかけるのをやめました。
カバンからタブレットを取り出してゲームを始めました。
この場はこれで一旦終了です。
2.事件の報告
学校の物を壊してしまったのですから管理職に報告しなければいけません。
その日の昼休みに、先生とS君は壊れたラケットを持って教頭先生の所へ行きました。
教頭先生はS君に対し、自分の口で何があったのかを言わせました。
ここでもS君はD君のことを引き合いに出して《僕をイライラさせた!》という点を強調しました。
こういう時によく見られる《反省の色》は全くありません。
そのことが教頭先生をイライラさせました。
「このラケットを壊したのは誰ですか?」
教頭先生はちょっとキツイ口調で問い詰めました。
S君は仕方なく「ぼく…」と答え、
「じゃあ謝りなさい」という教頭先生の指導(?)に促されて、仕方なく謝りました。
指導(?)は終わりました。
学校で起きるトラブルは、だいたいがこんな感じだと思います。
よくある風景です。
今回はこの「よくある風景」を新たな視点で考察してみます。
3.発達障害のマトリックス
これは私が提唱している「発達障害のマトリックス」です。
発達障害をシンプルに説明する時に使っています。
ASDのS君をこのマトリックス(縦と横の二次元図)に当てはめてみましょう。
S君は右上の世界にいます。
本来、判断力や思考力は高いはずですが、同時に強い不安傾向を持った子どもという《見立て》です。
S君が《キレやすい》のも不安傾向が強いからです。
《キレやすい》と《不安》はにどんな関係があるのか。
S君は常に不安な世界に暮らしていると考えてみてください。
不安に怯えながら生活しているという感じです。
そりゃあ疲れますよね。
ASDの子が疲れやすいというのはこのためです。
常にストレスで《いっぱいいっぱい》なのです。
何に対して不安なのかというと《恐怖に襲われるから》です。
何かに失敗したり、誰かから注意を受けたり、自分のやりたかったことができなかったりすると、
愕然となり、奈落の底に落とされたような感覚になります。
それは通常の人が想像できないほどつらいことです。恐怖体験なのです。
その恐怖体験が起こらないように毎日慎重に生きています。
「不安」のイメージはそういう感じです。
ですから、これはちょっと言い過ぎになりますが、《オレに失敗させるなよ》《注意しないでくれよ》《やりたいことをやらせてくれ》といった感情を持っているはず。
つまり、日常的に「イライラ」しているわけです。
これが「キレやすい」と「不安」の関係です。
ですからバドミントンをしていて相手が下手くそでラリーが続かないのは《ちっとも楽しくない=思っていたことと違う》ということになり、「オレをイライラさせた(オレに怖い思いをさせた)」ということになるわけです。
逆に、相手がうますぎて自分が失敗ばかりでも爆発していたでしょう。
その場合は、失敗ばかりでイライラして自分自身にキレるはずです。
まず、ここを理解しておくのが大前提です。
S君の先生は発達障害のことをよく理解されている先生でした。
S君がこうなることも予測されていました。
ましてや相手は運動が苦手なD君です。
ちょっと心配だなあ…、やらせちゃって大丈夫かなあ…、という思いはあったと思います。
でも、二人が「やる!」と言ったのでやらせてあげることにしたという背景はよくありますよね。
ですからS君がラケットを叩きつけた時の先生は、「あちゃー、やっちゃったあ」という気持ちだったはずです。
時間は巻き戻せません。
次の問題はどう対応するかです。
4.感情パターンは記憶される
バシン!という音が鳴った瞬間、みんなが振り向き、場が一瞬凍りつきました。
視線がS君に注がれます。
理解のポイントはここです。
みんなに見られるのは不安を煽ります。
自分を守らなければなりません。
予想されるのは、「3F(fight闘争・flight逃走・freeze固まる)」の防衛反応です。*文献①
瞬間的にS君は叫びました。
「Dが悪い!オレをイライラさせた!Dが悪い!」
自分を守るために言い訳(逃走)し、D君を攻撃(闘争)したわけです。
ラケットを壊してしまった → 叱られる → 言い訳する
よくある構造ですよね。
ASDの子にしても、ADHDの子にしても、叱られて育って来ているという歴史を持っていることが多いので、こうした行動パターンは非常に多く見られます。
しかし、この《癖》は直さなければいけません。
学校などの集団生活、大人になった時の社会生活において不利に働きます。
最悪の場合は犯罪の加害者や被害者になります。
どうやって直すのか。
直し方はシンプルです。
《負の感情パターン》を減らすこと。
《ラケットを壊してしまった → 叱られる → 言い訳する》という感情パターンは扁桃体と大脳皮質の間で行われます。*文献②③④
《壊した!》と思って感情が発火し、《叱られる!》という過去のS君の知識(記憶)が呼び出されます。
それとほぼ同時に防衛反応が働き、《言い訳をする》《相手を非難する》といった行動をとります。
これが「負の感情パターン」です。
では、叱られなかった場合の感情パターンはどうでしょう。
ラケットを壊してしまった → 正直に謝った → 怒られなかった・ほめられた
学校生活ではこうした《正の感情パターン》もつくることができます。
でも、これは子どもが正直に謝った場合のパターンですよね。
S君には「正の感情パターン」に持って行く隙がありません。
しかも、残念なことに、「負の感情パターン」というのは強く記憶と結びつきます。
逆に、「正の感情パターン」は記憶と結びつきにくいのです。*文献⑤
これは人類の長い歴史の中で《生き抜くためには危険を避けて自分を守る》という防衛行動が優先されているからです。*文献⑥
ですから、直し方としてまず重要になるのは《負の感情パターンを減らすこと》が先になります。
5.負の感情パターンを止める技術
では、どうすればよかったのでしょう。
場面を振り返ってみます。
瞬間にラケットを床に叩きつけて壊してしまいました。
バシン!という音が鳴ったかと思うと、みんなが振り向き、場は一瞬凍りつきました。
S君に視線が一瞬注がれます。
先生の視線とS君の視線が合いました。
ここです。
特別支援教育のスキル① 笑顔
視線が合った時に、先生が「あ!どうしよう!」という表情していたらどうなりますか?
S君の脳には、これまでのS君の生活の中で、《叱られる!→3F》という感情パターンが強く記憶されています。
ですから、先生のその表情を見た瞬間に負の感情が発火するはずです。
それを避けるために「笑顔」は大前提です。
特別支援教育のスキル② 安心安全の確保
その瞬間、S君は叫びました。
「Dが悪い!オレをイライラさせた!Dが悪い!」
ここです。
ここで先生が次のように叫んだらどうでしょう。
「そうだ!S君は悪くない!」
《叱られる!→3F》という感情パターンを止めることが出来ます。
S君は「えっ?」という感じになるのではないでしょうか?(私はよくこの手を使って来ました)
「そうだ!S君は悪くない!」
笑顔をもって、即座に、秒で、力強くS君を応援します。
これが感情パターンを止めるスキルです。
でも、多くの先生は《それじゃあD君が悪者になってしまうでしょ!》と思うのではないでしょうか。
安心してください。
「S君は悪くない」と言ってるだけです。
D君が機転の利く子なら、D君に笑顔で「ゴメンねしてくれる?」というアイコンタクトを取ります。
そして、S君に向かってもう一度「S君は悪くないよ」と言います。
とりあえずはこれで防衛反応の発火は防げるはずです。
しかし、この言葉には深い意味があります。
そのことを最後に解説します。
6.「心から寄り添う」スキル
誤解を恐れずに書きますが、実はS君は「悪くない」のです。
丁寧に説明します。
ラケットを床に打ち付けたのはS君ではなく《S君の無意識》です。
S君が意識的にやったのだとしたらS君が悪いですよね。
でもこの場合、意識は働いていなかったはずです。
S君は反射的にラケットを打ち付けたのです。
つまり、S君の意識がそうさせたのではなく《S君の無意識》がそうさせたのです。
更に言えば、「Dが悪い!」とS君に叫ばせたのも《S君の無意識》です。
とっさに出た防衛反応です。
また更に、「イライラ」という情動も出そうと思って出した感情ではありません。
不安が強いASDのS君ですから、そのイライラを発火させたのも無意識です。
そう考えるとS君の叫びはどうなりますか?
「Dが悪い!オレをイライラさせた!Dが悪い!」
「意識」と「無意識」に分けて考えた場合、S君の意識はこの事件に関わっていません。
そう考えると、この事件の発端は《S君の無意識》を発火させたD君にあります。
D君に責任を負わせようとしたS君の主張は間違っていないことになります。
だから、
「そうだ!S君は悪くない!」
という同調は《ただの気休め》ではないのです。
「意識」と「無意識」に分けて考えた場合(S君の人格をS君の意識だと考えた場合)、S君はこのことに関わっていないのです。*文献⑦⑧
どうですか?
そうなりませんか?
だから「気休め」などではなく、「そうだ!S君は悪くない!」と叫べるわけです。
そうすると、叱られると思っていたS君は動揺するはずです。
「あれ!先生が応援してくれたぞ」と驚くことでしょう。
私の経験上、ほとんどの場合はこうなります。
特別支援教育のスキル③ 脳の仕組みを知って寄り添う。
こうなると防衛反応は引っ込みます。
感情はストップし、「あれ!先生が応援してくれたぞ」と考える脳にシフトします。
これはS君の意識を呼び起こすためのスキルなのです。
特別支援教育のスキル④ 意識(前頭前野)を呼び起こす。
そして、そこから指導です。
「そうだよね。うまく続かないからイライラしちゃったんだよね。」
受容の言葉をかけます。
「言葉」は意識(前頭前野)が働いている時にかけなければ効果がありません。
また、言葉は、感情を抑え、意識が働くのをキープさせる効果もあります。
特別支援教育のスキル⑤ 落ち着いている時に言葉で受容する。
特別支援教育のスキル⑥ 落ち着かせるためにも言葉で受容する。
D君も近くに呼んで指導します。
「D君さあ。イライラさせちゃったことをちょっとだけ謝れるかな?」
優しくて機転の利くD君は協力してくれるはずです。
そして次のように言います。
「さて、この壊れたラケットは誰に謝ればいいかな?」
意識が働いているS君は答えるでしょう。
「校長先生かな?」
「じゃあ一緒に謝りに行こうか?」
ここまで来ればもう大丈夫でしょう。
ポイントは「この壊れたラケットは誰に謝ればいいかな?」という聞き方です。
同じような聞き方ですが次の聞き方と比べてみましょう。
「でも、S君にもダメなところがあったんじゃない?」
悪くはないと思います。90点くらいの聞き方だと思います。
でも、S君を否定していますよね。
S君自身は《自分は全く悪くない》と思っているかも知れません。
ですから、感情を呼び起こすような聞き方をせずに、《知》で問うわけです。
《こういう場合は誰に謝るべきか》という知識です。
知識だけならASDの子は即座に(他人事として)答えられます。
特別支援教育のスキル⑦ 「知」だけで問う。
これで謝りに行けたらシメタものです。
この手順でも《自分は悪くない》と突っぱねる子も当然います。
そういう時は、「そうなんだよね。S君はちっとも悪くないんだよね」と心から言えますか?
本当に心からそうやって寄り添える先生ならなんとか出来ると思いますが、
特別支援教育のスキルは《誰もが再現できるもの》でなければ広まりません。
ですから敢えて《スキル化》します。
「心から寄り添う」というスキルは《実は本当にS君は悪くない》という理解の仕方ができるということです。
それが誰もが再現することができる「寄り添い」のスキルです。
脳の仕組みをシンプルに図解します。
意識を司る部位については、諸説ありますが、前頭前野(おでこの裏)にあると私は理解しています。
では、無意識はどこにあるか?
これも諸説ありますが、ここではそれ以外の部位(前頭前野を除く大脳皮質、偏桃体などの大脳辺縁系、脳幹、小脳など)と考えておくことにします。
場所はともかく、重要なのは次のことです。
特別支援教育のスキル⑧ 意識と無意識は同時には働かない。
当たり前ですよね。
意識していないから無意識が働いていて、
無意識だから意識が働きません。
両方が同時に動くことは絶対にありません。
ですからS君がキレた時というのは《意識が働いていない》という理解の仕方です。
実はこんな当たり前のことが教育現場では理解を難しくします。
それは、《教えなければならない》とか、《正さなければならない》など、教育者の一般論があるからです。
でも、そろそろアンラーン(リセット)しなければならないと思います。
7.適切な対応は「らしさ」を発揮させる
校長室では教頭先生が対応しました。
教頭先生はキツイ口調で「このラケットを壊したのは誰ですか?」と詰問しました。
言うまでもなく、これは不適切な対応です。
何が起きるかというと「負の感情パターンの再生」です。
負の記憶が強化されます。
「発達障害のマトリックス」で言えば、ASDの子を二次障害へ向かわせる方向に力が働きます。
発達障害はスペクトラムですから境界はありません。
「不適切な対応」は、知らず知らずのうちに二次障害へと移行させることになってしまいます。
「二次障害」という言葉の定義は曖昧です。
人によって捉え方は様々ですが、私は《二次障害は病気》としています。*文献⑩
ですから専門機関との関わりが不可欠だと考えます。
でも、発達障害という日本語には「障害」という言葉が使われていますが、「症」も「障害」もごちゃまぜです。*文献⑨
次の図のようにASDと二次障害の間には境目がありません(本来は)。
ADHDと二次障害の間にも境目はありません(本来は)。
ですから、どちらに移行するかは教育や療育の在り方に負うところが大きいわけです。
そして、それとは反対に「適切な対応」は《子供らしさ》《自分らしさ》を発揮させる方向に向かわせます。
ここにも境目はありません(本来は)。
ですから、日常の対応次第で「らしさ」の世界へ移行できるという考え方が成り立ちます。
ただし、脳は「正の感情パターン」よりも「負の感情パターン」を強化します。
だからこそ、次のことが必要になります。
特別支援教育のスキル⑨ 「負の感情パターン」を起こさせない。
特別支援教育のスキル⑩ 「負の感情パターン」よりも「正の感情パターン」を多く記憶させる。
「そうだ!S君は悪くない!」と叫んだのがスキル⑨です。
そして、日常生活でスキル⑩を使いまくる。
簡単に言えば、「ほめまくる」ということです。*文献⑪
ということで、今回は発達障害への理解の仕方に「意識/無意識」という考え方を取り入れた場合のスキルを紹介しました。
参考文献
①「暴言・暴力に苦しむ児童への対応の方法」大河原美以
②脳科学辞典「前頭前野」
➂脳科学辞典「大脳皮質」
④Wikipedia「扁桃体」
⑤Quora「大脳皮質は、機能として知覚、随意運動、思考、推理、記憶など、脳の高次機能を司っています。では、人間の感情をコントロールするために、どういう役割を果たしているのでしょうか?」原田芳裕氏の回答
⑥『サピエンス全史』ノア・ハラリ
⑦「無意識は『情動』でできている」mentor
⑧『脳はなぜ心をつくったのか』前野隆司
⑨「DSM‒5 病名・用語翻訳ガイドライン」(初版)
⑩「二次的な障害の概念整理」(国立特別支援教育総合研究所))
⑪『発達障害の子どもたち』杉山登志郎
すべての行動を意識的にやっているわけではないですよね。
発達障害の診断がついていなくても、子供にはありそうですね。
そこを責めないように、とっさに対応できるようになりたいですが…まだしばらくかかりそうです。
コメントありがとうございます!
そうなんです!
発達障害に限らず、感情脳にスイッチが入っている時は意識が働いていません。
意識と無意識の問題は意外と深く、大切だと思っています。