講座407 世間と教師の「教え方」の違い
講座407「学校の先生方は『○○○』を知らない」の続きです。
子育て講座の中でこの話をしたところ、参加されてたお母さん方がびっくりされたということまで書きました。
今回は、「では学校の先生の『教え方』とはどんなものなのか」ということに迫ってみます。
2.教師は「脳への負担」を考える
3.ワーキングメモリをいかに減らすか
4.教師は「目の前の子ども」と「その先の学習」を考える
5.まとめ
1.立場が違えば「見え方」が異なる
こんな問題を出しました。
参加されたお母さん方に挑戦してもらいました。
早く書けた方Aさんに黒板に書いてもらいました。
他の皆さんには、Aさんが書くのをじっくり見るように指示しました。
Aさんが書き終わって参加者の皆さんに聞きました。
「『これと違う』という方?」
皆さん同じだとつぶやいています。
「いやいや、違う人がいるでしょ」と私は問い掛けます。
すると、「ちょっとだけ違うかな…」と言ってBさんが出て来ました。
「えええー!全然違うでしょ!」と私は驚いて言ってしまったのですが、
一般の方には《AもBも同じ》に見えるのかもしれません。
それはあり得ます。
「どちらも1繰り上げてやる」という点では「同じ」です。
私にとっては新しい発見でした。
そして私は思いを新たにしました。
やっぱり教師は専門職なんだ。
教師の視点ではAとBは《全然違うやり方》だと映るはずです。
それは「教える」という視点を持っているからです。
その「教える」という視点をこれから更に突き詰めて行きます。
2.教師は「脳への負担」を考える
「では、Aさん、前に出て来て、やり方を説明してください」
【Aさん】
7+8をやって15。
4+3+1で8で85です。
「おおっー。なるほど」と私は口にします。(内心びっくりです)
次はBさん。
【Bさん】
7+8=15
1+4+3=8で85です。
「おおっー。そうですよね」と私は口にします。(これまたびっくりです)
実際にはもっと他にやりとりがあったのですがこの記事では大事な部分だけを書きます。
まず、Aさんのやり方を分析してみましょう。
その場合、子どもたちの脳への負担を考えます。
まず、子どもは一の位に目をやるでしょう。
その場合、すぐ隣に十の位の数字がありますから、その数字に引っ張れないように、集中して7と8だけを見ます。
これを「注意のフォーカス」と言います。
これが最初に訪れる「脳への負担」です。
次に「7+8=15」をやって「1」を小さく書きました。
この「7+8=15」は一年生の時に暗記(自動化)しているという前提で分析を進めて行きます。
《自動化》されていると脳への負担はゼロです。
長期記憶としていつでも取り出せるように保存されています。
そして、その15の「1」を小さく書くのは《作業》ですのでこれも脳への負担は小さくて済みます。
次にAさんは「4+3+1=15」、とやりました。
この時、Aさんは苦も無く「15」とやってしまったので私はかなり驚きました。
一般の大人の人はそうなのだ!ということを改めて感じたわけです。
しかし、子どもたちにとってはとても難しい所なのです。
特に、《ワーキングメモリ(WM・作業記憶)》の容量が小さい子にとっては精一杯の作業です。
子どもは、まず十の位の「4と3」に注意をフォーカスさせて、
その4と3を足します。
答えの「7」自体は簡単に出せますが、その「7」を頭の中に保持していなけれななりません。
そして、保持した「7」を取り出して、別な足し算である「7+1」をやります。
「7+1=8」という計算自体は簡単ですが、ここまでに《ワーキングメモリ》を消費していますので、
「4+3」と「7+1」を同時に行う計算はシンドイものです。
答えの「8」まで出せたとしても、「できた!」というよりは「疲れた」という感じかも知れません。
トータルで脳への負担は「5箇所強」です。
次に、Bさんのやり方を見てみましょう。
Aさんの時と同様に、行程がいくつあって、脳への負担はどれだけなのかを分析します。
Aさんの場合と違って、「小さい1」を4の上に書きました。
「1」と「5」が離れています。
この距離感が大人には何でもないかも知れませんが、視線移動が苦手な子にとっては負担となります。
この点がAさんのやり方よりも難しいので脳への負担は「6箇所強」となります。
3.ワーキングメモリをいかに減らすか
では、他にどんなやり方(教え方)があるのでしょう。
まずは《ワーキングメモリ》を2つ同時に使う場面をなくしたいですね。
いくつかの方法を紹介します。
一つ目は「言葉を入れる」という方法です。
十の位をやる時に「4と3で7だけど、1たして8」という言葉(言い方)を定型化させます。
Aさんのやり方は、
「4+3+1=8で85です」
でした。
大人は一瞬で出来ますが、小学校低学年(7歳くらい)の子の中には一つずつ考えなければ出来ない子もいます。
つまり、
「4+3=7、7+1=8」とやるわけです。
頭の中では言葉で考えているはずです。
「4たす3は7、7たす1は8」というように「+」を「たす」と読んでいるはずです。
つまり、「4+3+1=8」を一瞬でやるのではなく、
「4たす3は7、7たす1は8」とやっているわけです。
その①は、そうではなく、
「4と3で7だけど、1たして8。答え85です」
という《唱え方》を定型化します。
これによって脳への負担が減ります。
やり方Aと比べてみましょう。
【やり方A】「4たす3は7、7たす1は8」
【やり方①】「4と3で7だけど、1たして8」
「たす」が「と」に変わりました。
音(おん)が一つ減っています。
これだけでワーキングメモリの負担は減ります。
口に出して唱えてみてください。
「4たす3は7」
「4と3で7」
短い方が言いやすいはずです。
ということは《頭の中で作業しやすい》のです。
さらに、【やり方A】では「7」が2回出て来ます。
この「7」は頭の中の「7」です。
はじめの「7」を記憶しておいて、後半で「7+1=8」をやります。
それに対して、【やり方①】は「7」が一回しか出て来ません。
しかも、その「7」に「だけど」という言葉がくっついています。
「7だけど」で1フレーズです。
そして、「だけど」という言葉は1~2年生でも意味がわかりますので《制御》がかかります。
「7だけど、1たして8」とつなげることが《自動化》されるわけです。
しかも、「小さい1」は一の位と十の位の中間に書かれています。
このことによって数字の「1」と「5」の距離が近くなっていて、「小さい1」は「15」の「1」だということが視覚的にわかりやすうなっているわけです。
また、「だけど」の制御作用は同時に「小さい1」の足し忘れを防ぐことにもなっています。
ということで【やり方①】は、《自動化》によって《ワーキングメモリ》への負担が一つ減るのでトータルで4箇所となります。
4.教師は「目の前の子ども」と「その先の学習」を考える
ここまで、一般の方の【やり方A】と専門職の【やり方その①】を比較してみました。
かなり違うと言いますか、考え方の次元が異なることが伝わったかと思います。
教師の教え方というのは、このように一般の方には「見えない」工夫がたくさんあります。
こうしたことは「世間の人には知られていない」と言ってもいいと思います。
次に、《ワーキングメモリ》を減らすもう一つのやり方を紹介します。
頭の中の「7」を全くなくす方法です。
十の位の4と3を結ぶ印(ブリッジ)を書き込んで「7」を表記してしまいます。
このことによって「小さい1」も「7」も目に入って来るので《ワーキングメモリ》が減ります。
このやり方だと、脳への負担はトータルで3箇所です。
ただし、《作業》という点では負担が増えます。
教師は、学級や子どもの実態に応じて、どの方法を採用するかを判断するわけです。
こんな教え方もあります。
最初に十の位を指で隠します。
こうすることで一の位だけが見えるので《注意のフォーカス》を一つ減ります。
筆算指導の最初の段階でこうした方法を選択することも出来ます。
また、「補助計算を書く」という教え方も有効です。
補助計算をして出て来た「15」は視覚的に安定しています。
それを「うつす」という作業はとても簡単です。
これだけで二桁の筆算の前半が終了するわけです。
実は、この方法は2年生以降、ずっと使うことになる作業です。
2年生で出て来る筆算はやさしいので補助計算を書くことは面倒に感じられますが、
6年生までの算数の計算技能を安定させるためには、2年生のこの段階で補助計算を書かせることはとても意味のあることです。
学年が上がると補助計算を面倒に感じる子が増えます。
しかし、2年生のこの時期から使っていると《慣れ》が出来ますから安定するわけです。
こうした「卒業までの見通し」を持っているのも専門職である教師の技量です。
5.まとめ
今回は一般の方々と専門職である教師の「教え方」の違いにスポットを当ててみました。
かなりというか、全然違うということがお伝えできれば幸いです。
ここに取り上げた教師の教え方は例です。
実際の現場では、こうした教え方を様々に組み合わせて、目の前の子どもたちに学力(この場合は計算技能)を身につけさせて行くわけです。
今回は、先日の子育て講座で提示したスライドを一枚載せて終わります。
このスライドは、
じゃあ、小学校に上がる前にどんなことに気をつけたらいいか
ということをまとめたものです。
今回の講座は有料でしたので、この部分の解説は割愛させていただきます。
いつか機会がありましたら記事にしたいと思っています。
自動化の話し、とても面白かったです。
気になったのが、怒られ過ぎて、3f状態になりやすくなってしまった(自動化された)場合、解除する、もしくは書き換える方法はあるのかな?ということです。
そう言えば、夫はいきなりムッとしたり怒る事があり、それは言わば3f状態とも言え、その様な時、責めてないと伝えると、怒りを収めてくれる事を思い出しました。
動物脳が働かないような関わりを意識して、あなたの人格は否定していない、攻撃していないと伝えて行けばよいのかな?と思いました。