講座601 普段は見えない教師の工夫

若い先生から相談がありました。

6年生の国語(作文の授業)の進め方についての相談です。

今回は、その相談に私がどんな風に答えたかを書き出してみます。

 目 次
1.教科書通りにやっちゃうと…
2.教室が〈どんより〉する過程
3.教師はどんな「工夫」をしているのか
4.授業には原理原則がある①
5.授業には原理原則がある②
6.〈生きる上で役に立つ〉という視点
7.教科書にも学習指導要領にも書かれていないこと

1.教科書通りにやっちゃうと…

教科書は、およそ次のようになっていました。

「桜井さん」という小学生が、文章Aを文章Bに〈推敲した〉というページです。

ここをどのように授業するのか? という相談なわけです。

教科書には一応〈課題〉が載っています。

【教科書の課題】桜井さんは、どのような点から、文章を見直したのでしょうか。

このあと、「気づいたことをグループで話し合いましょう」などとなるわけです。

よくある流れです。

でも、これをそのまま授業したとしたら、教室の空気は途端に〈どんより〉するでしょう。

そんなことを月曜日の一時間目にやったら大変です。

ですから、先生方は〈工夫〉をするわけです。

それを「教材研究」とか「授業の準備」と言います。

私は「月曜日の一時間目」でも、〈どんより〉しない授業をアドバイスしました。

2.教室が〈どんより〉する過程

【教科書の課題】桜井さんは、どのような点から、文章を見直したのでしょうか。

この課題を出すと、どうして教室は〈どんより〉してしまうのでしょう。

子供たちの頭の中を想像してみましょう。

「桜井さんは、どのような点から、文章を見直したのでしょうか。」

この課題を出された瞬間を考えてみてください。

〈ポカン〉となりませんか?

何をしたらいいのか、すぐに分かりましたか?

見通しが持てましたか?

「どのような点から?」

「文章を見直したのか?」

勉強が苦手な子にとっては〈何を言っているのかよく分からない状態〉になる問いなのです。
(勉強ができる子であっても、大人でも、よく分からいと思います)

だから、〈ポカン〉となって、〈また始まった…〉というスイッチが入って、教室全体が〈どんより〉とした空気に包まれるのです。

こうした瞬間というのは、教師自身にも感じられるものです。

授業をしなければならない教師も〈ツライ〉気持ちを持ちながら進めます。

ですから、余計に、教室は〈暗く〉なります。

授業を受ける側も、授業を進める側も、〈暗い〉まま授業が始まるのです。

3.教師はどんな「工夫」をしているのか

そこで、教師は工夫します。

学習指導要領に基づいて、B ⑴ウ「書き表し方を工夫すること」、B ⑴エ 「引用したり」、B ⑴オ「文章全体の構成や書き表し方などに着目して,文や文章を整えること」、B ⑴カ「文章全体の構成や展開が明確になっているかなど,文章に対する感想や意見を伝え合い,自分の文章のよいところを見付けること」

などに合致するように授業を工夫します。

そこで、私がしたアドバイスはこれです。

指示1 書き直す前の文章と書き直した後の文章にそれぞれ点数を付けてみましょう。100点満点で何点かです。

これだとやることが明確ですよね。

AとBに点数をつけるだけです。

しかも、教科書では桜井さんが書き直したわけですから、Bの方がよくなっているはずです。

さあ、皆さんならAとBに何点を付けますか?

と、展開するわけです。

実は、この展開は文章に点数を付けることが目的ではありません。

「点数を付けてみましょう」とやると、どうなりますか?

読みますよね。

AとBの両方を読まなければなりません。

そうなんです。

これは〈読ませる〉のが目的なんです。

専門用語では「間接性の原理」と言います。

実は裏に目的があるわけです。

学校の授業で目的も何もなく、ただ「読みなさい」と言われたらどうですか?

ツマンナイですよね。

機械的過ぎます。

「桜井さんは、どのような点から、文章を見直したのでしょうか。」も、ほぼ同じです。

面白くないのです。

でも、「点数を付けてみましょう」だと、途端に知的になりますよね。

相手を知的存在として主体的に活動させる指示だからです。

しかも、点数をつけるだけですから、勉強が苦手な子も、得意な子も〈参加〉できます。

苦手な子は、なんとなく付けるかもしれません。

それでいいのです。

特にな子は根拠を持って深く付けるかもしれません。

考えますよね。

授業における発問・指示というのは、このように〈全員〉が参加できるように工夫するわけです。

これを「全員の原則」と言います。

4.授業には原理原則がある①

国語の授業ですから、当然教科書の音読(声を出してみんなで読む)はやります。

音読は内容を理解するためではなく、漢字の読み方や言葉のかたまり、文節の区切り方などを知るための練習です。

特に、勉強が苦手な子にとっては、これをやってあげないと大変なことになります。

漢字の読み方や言葉のかたまり、文節の区切り方などを知らないまま、長い文章に対して〈内容を理解しろ!〉と言われても、ついていけるはずがありません。

声に出す・出さないにかかわらず、スラスラ読めなければ内容を理解できません。

ですから、音読は必ずやります。

そのあとで「指示1」です。

指示1 書き直す前の文章と書き直した後の文章にそれぞれ点数を付けてみましょう。100点満点で何点かです。

文章というのは、一回音読をしたからと言って内容がわかるものではありません。

内容の理解はここから始まります。

この指示によって、子供たちはもう一度文章に目をやることになります。

「ちゃんと読んでごらん」と言わなくてもそうなります。

では、皆さんも点数をつけてみてください。

と、いま点数をつけようとされた方はきっとAの文章を読み始めたと思います。

これが「間接性の原理」です。

点数はノートに書き込むことになります。

鉛筆を手にして、ノートに文字を書く行為は作業です。

このような指示を「作業指示」と言います。

手は身体の一部ですから、体を動かすことになります。

〈どんより〉させない方策として〈体を動かすこと〉はとても重要です。

指示1によって九割の子は鉛筆を手にしてノートに向かうと思います。

このあとに教師がとる行動は決まっています。

机と机の間を通って、見て回ります。

これを「机間巡視」と言います。

〈ちゃんと書けているかどうかを見るため〉ではありません。

そういう曖昧な行為は「机間散歩」と言います。

似たような言葉に「机間指導」というのがあります。

困っている子がいたら助けるという意味合いが強い言葉です。

しかし、この場合はそれもしません。

あくまでも「机間巡視」です。

目的は二つ。

一つは、〈圧をかけるため〉です。

まだノートに何も書いていない子のそばに近づくと、「何か書かなくちゃ!」と焦ります。

こんなの適当に点数をつければいいんですから、書きゃあいいんです。

書かないままだと、あとの授業に参加できないことになります。

参加させるために「一割」を救います。

もう一つは、〈考えを把握するため〉です。

〈何点をつけた子が多いか〉という把握の仕方もありますし、それだけではなく、〈特異な点数をつけた子を把握しておく〉という意味もあります。

多くの子が「Aは50点、Bは90点」とつけた中で、一人の子が「Aは0点、Bは100点」とつけたら特異ですよね。

こういう子を取り上げると授業は断然面白くなります。

逆に、こういう子を取り上げなかったり、見逃したりし続けると、授業がツマラナクなるばかりか、それ以降参加する気がなくなる子が増えます。

だから「机間巡視」は重要なのです。

〈ちゃんと書けているかどうかを見るため〉ではない、というのはこういうことです。

5.授業には原理原則がある②

指示1 書き直す前の文章と書き直した後の文章にそれぞれ点数を付けてみましょう。100点満点で何点かです。

机間巡視をしている途中であっても、教師は全体も見ます。

すると、向こう側で、顔を上げる女の子が出始めます。

書き終わった子です。

そのタイミングで次のように言います。

「点数をつけた人は、その理由も書いて下さい。説明できないといけませんからね。」

これを「空白禁止の原則」と言います。

たった一人であっても、やることがなくてボーっとするしかない子を出してはなりません。

教室にはこのように、勉強が苦手で参加が難しい子もいますし、早く終わってしまう子がいます。

それが教室です。

ですから、授業では、その両方に気を遣う必要があります。

それは音読の時から始まっているわけです。

「点数をつけた人は、その理由も書いて下さい。説明できないといけませんからね。」

さっきは〈点数なんて適当でいい!〉というスタンスでしたが、これは逆ですよね。

〈つけたんなら説明できないといけない!〉というわけです。

これはもう全員がノートに点数をつける状況になっているので、要求を上げているわけです。

こうすることで、早く終わった子は更に文章を読み直すでしょう。

このあたりで、理由も書けた子を指名して、点数とその理由を発表させ始めます。

作業の途中で「発表させ始める」のです。

そうすると、まだノートに理由を書いている子もいれば、発表している子もいる状態になります。

こうすることで、理由を書いている子は発表を聞きながら参考にすることができます。

理由なんて全く浮かばなかった子は「あんな風に書けばいいのか」と分かります。

作業の密度が濃くなります。

〈どんより〉とは真逆です。

しかし、「指示1」は授業の〝フック〟に過ぎません。

時間はかけずにどんどん進めます。

発問1 先生はAに60点、Bに40点を付けました。その理由を予想して下さい。

子供たちは〈Bの方に高い点数〉をつけるはずです。

Bは、教科書の「桜井さん」が推敲した文章ですから。

なのに先生は「Aが60点、Bが40点」だと言う。

「なんで?」となります。

このような発問を「ゆさぶり(概念崩し)」と言います。

皆さんは、どうして私がBに低い点数を付けたと思いますか?

6.〈生きる上で役に立つ〉という視点

相手は小学校6年生です。

ましてや、教科書と正反対の意見です。

多くの子供が降参すると思います。

気がつく子は、百人に一人くらいだと思います。

そこでヒントを与えます。

「Aの一行目だけを全員で読みます。さんはい!」

子供たち:「プラスチックごみを減らすことは、SDGsの目標と深く関わっています。」

教師:「次。Bの作文の一行目。さんはい!」

子供たち:「ぼくは、『北西新聞』で、『国内のプラスチックごみは年間で約八〇〇万トン出されており、これは、東京スカイツリー二〇〇基分以上の重さである。』という記事を読んで、おどろきました。」

教師:「気がついた人?」

これで、気がつく子が出るはずです。

Bは〈一文が長い〉ということです。

持ち上がりのクラスだと、何度も言われていることなので必ず気がつきます。

〈一文を短くする〉というのは、基本的な作文スキルです。

つまり、前より〈悪文〉になっているのです。

教科書には書かれていませんが、「桜井さん」の推敲は、この点で減点となるわけです。

そして、ここで、大事なことがあります。

次に進む前に〈Aの一文目とBの一文目を全員で声を揃えて読む〉という活動をさせます。

皆さんも、できれば読んでみてください。

実際に読んでみることで、〈一文の長さ〉が気になるはずです。

学んだことを〈実感(納得)させる〉という活動は、「日常生活に必要な国語の知識や技能」を実感するということです。

これは国語の「目標」です。

だから、この行為は大事なのです。

そこで当然、次はこうなります。

指示2 Bの一文目をできるだけ短くノートに書いてごらん。出来たら持っていらっしゃい。(100点満点で評定)

これを短くするわけです。

書き終わった子から前に出て来て、ノートを先生に見せます。

皆さんならどんな一文目になりますか?

7.教科書にも学習指導要領にも書かれていないこと

ここまでで、何分くらい経過していると思いますか?

教科書の音読を含めて、開始から10分くらいだと思います。

〈どんより〉はありません。

このあとは、もっと〝知的に忙しく〟なります。

一文目を「ぼくは驚きました。」と書いた子は「100点」をもらって跳び上がります。

発問2 文章を書く時には〈専門用語や難しい言葉には「定義」を書く〉というルールがあります。桜井さんはそのルールを使っていません。どうしたら良くなると思いますか。

子供:「SDGs」について説明する!」

教師:その通り!

発問3 「SDGs」について説明する文を書く時には、「SDGs」のあとに平仮名2文字を付けて書き始めます。その平仮名2文字をノートに書いてごらん。

子供:「えっ!」「なんだ?」「平仮名二文字?」

書けた子を指名して発表させる。

子供:「『とは』です。」

教師:「正解!」(子供たち「なるほど~!」)

指示3 「SDGsとは」でSDGsを説明する文を一文で書いてごらん。何で調べても構いません。

(活動タイム&発表)

例:SDGsとは、よりよい世界を未来につなぐために国際社会が目指す「持続可能な開発目標」のことです。

指示4 作文の最後に「参考」とあります。似たような言葉に「出典」というのがあります。ノートに、参考と出典の違いを書いてごらん。何を見てもいいです。

(活動タイム&発表)

【参考】間接のデータ利用(そのままではなく内容を大まかに使った場合)
【出典】直接のデータ利用(コピペ・引用・転載・抜粋など)

説明1 「参考」と「出典」の違いを知っておくことは世の中を生きていく上でとても大切です。なぜだかわかりますか? そうです。「参考」だと、本当はどう書かれていたのかがわかりません。信頼度が高いのはどっち? そうですね。でも、「出典」であっても、それが100%信頼できるとは限りません。そう思ったらどうしたらいい? そう、その出典を探して自分の目で確かめるのです。このことを〈一次資料に当たる〉と言います。

発問4 最後が「参考」ではなく「出典」だったら、この作文はどこがどう変わりますか。

世間では「国語」なのか「情報」なのかと騒いでいるようですが、どちらであっても生きる上で必要なことは変わりません。

(1)一文を短くする。

(2)定義の説明には「とは」を使う。

(3)「参考」と「出典」は異なる。

〈どんより〉させない工夫をちりばめながら、こうした作文スキルを教えていくわけです。

そうしますと、推敲した文章は次のようになります。

授業には、教科の目標があり、内容があります。

でも、それをそのまま子供たちの前に提出すると、理解できない子がいるものです。

その子たちを〈置いてきぼり〉にしてしまうことを続けると、〈授業の最初から突っ伏す〉ことになります。

また、授業には〈楽しさ〉が必要です。

理由は二つあります。

一つは、学問は面白いものだからです。

入学直後の小学校一年生は、勉強することを楽しみにして学校に来ます。

その気持ち(好奇心と向学心)に応えなければなりません。

もう一つは、相手が子供だからです。

難しいことを難しいまま教えるわけにはいきません。

子供に適した工夫が「楽しさ」なのです。

したがって教師には、授業を工夫するための「教え方」が求められます。

その「教え方」とは何か。

それは、発問や指示の原理であったり、原則であったりします。

机間巡視の技術であったり、技能であったりします。

勉強が苦手な子に対する配慮であったり、早く終わった子に対する配慮であったりします。

今回は、普段は表に見えない教師の工夫を書き出してみました。

これでも短く、省きながらの解説です。

〈授業をする〉という行為は、子供を相手にした「国家百年の計」ですから伝統の職人技なのです。

その一端をお伝えしようと試みてみました。

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水野 正司

子育て応援クリエイター:「人によし!」「自分によし!」「世の中によし!」の【win-win-win】になる活動を創造しています。

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