講座576 泣き続ける子への「子ども選択」

A君が初めて幼稚園に登園して来ました。
でも、お母さんと別れてからずっと泣き続けています。
教室には入れましたが、朝の活動が始まっても、教室の隅でずっと泣いています。
園長先生がやって来て、おもちゃを見せても泣き止みません。
今日はこれからみんなでお散歩に行く予定。
こんな時、幼稚園の先生はどうすると思いますか?

一般的な話ですが、我が子が泣き止まない時って、おうちの中ではどうされていますか?
「なんで泣くの!」
「いいかげんにしなさい!」
とかって怒ったりしていませんか?
でも、そんなことをしても子どもはなかなか泣き止みませんよね。

実は、幼児の発達において「泣く」という行為はとても重要なテーマなんです。
『ちゃんと泣ける子に育てよう』というタイトルの有名な本があるくらいです。
3歳の子が泣き止まずに困っていたとします。
その場合の見取り方は次の二つです。
①泣くことは発達上、悪いことではない。
②「泣く」は言葉である。

①の「悪いことではない」という考え方はとても大切です。
大人にとって、子どもの「泣き声」はイライラのもとになります。
ですから、「悪いことではない」という考え方を持っておくことはとても大切です。

②の「泣く」は言葉であるというのは、言葉にして感情を伝えたくてもそれが出来ない状態にあるということです。
感情というのは、不安・悔しさ・怖さ・疲れ・眠さ・空腹・見通しのなさなど様々です。
A君の場合ですと、お母さんと離れたことによる悲しさや初めての場所に一人でいることへの不安などかもしれません。
でも、その気持ちを言葉にして伝えることができないので、その代わりに「泣く」という手段で感情を表出しているわけです。
そう考えると、〈無理やり泣き止ませる〉というのは良くない対応になります。
それは言いたいことがある人に対して〈無理やり口をふさぐ〉のと同じです。
「泣く」は言葉なんです。

では、どうして感情を言葉にできないのでしょうか?
二つのケースが考えられます。
一つは、言葉で伝えることがうまくできないからです。
もう一つは、感情の調整がうまくできないからです。
大抵はこの二つです。
二つが重なっている場合もあります。
そして、この二つは発達に個人差がありますから、抑えるのでなく、伸ばしていくことが大切になります。

ここまでが「泣く」ということに関する見取り方の基本です。

かといって、いつまでも泣かせておくわけにもいきません。
次は対応の仕方を考えましょう。
幼稚園の先生方はどうやって泣き止ませているのか?
そこには当然、対応のスキルがあります。

お散歩に行く時間になりました。
泣き続けているA君のそばにM先生が近づきます。
M先生はA君の斜め前にしゃがみ込んで「みんなと一緒にお散歩に行こうか?」と話しかけました。
うまく聞き取れませんでしたが、そのほかにもいくつかのことを話しかけています。
「雨、晴れたかな?」
「ジャンバー着てきたの?」
そういった何気ない問いかけです。
その問いかけに対して、A君は「うん」と言って頷いたり、「チガウ」と言って返事をしたり、その瞬間は泣き止みます。
これって、すごいことです!
その瞬間だけでも、A君は感情調整をしてるんです!
言葉で返事もしています!
大切な二つのことができるという証拠です。

そして、この時にM先生が使ったのは
「子ども選択」
というスキルです。
英語では「Regard for Child」と言います。
〈子どもの気持ちを尊重して、子ども自身に決めさせる問いかけをする〉というスキルです。
「みんなと一緒にお散歩に行こうか?」という聞き方は「子ども選択」です。
この他にも「椅子に座れるかな?」とか、「帽子かぶる?」などの聞き方も「子ども選択」です。
このスキルのコツは〈選択肢を小さく出す〉と言われています。
・具体的なこと、
・できそうなこと、
・YESと言いそうなこと
などを意図的に問うわけです。
何気なく見えますが、A君に対するM先生の問いかけは「小さな選択肢」の連続でした。
そして、そのたびにA君は「うん」とか「ちがう」などと、ちゃんと言葉にして応答していました。
そして、そして、A君はみんなと一緒に朝のお散歩に出かけることができたのです!

ただし!
お散歩の間中も、A君はずっと泣き続けていました。
泣きながらのお散歩です。

そして、M先生はお散歩の途中で、「小さな選択肢」を出し続けます。
「あ!フキの葉っぱがあるね!カタツムリいるかな?見てみようか?」

思い出してください。
「子ども選択」は〈子どもの気持ちを尊重した聞き方〉です。
決して無理強いはしない。
「見てみようか?」という言い方がそれです。
そして、その前に「フキの葉っぱがあるね!」とか、「カタツムリいるかな?」という言葉がありますよね。
これらはA君が自分から動けるように支援する働きかけです。
できれば「YES」を引き出したいわけです。

15分くらいのお散歩だったでしょうか。
歩きながらずっと泣き続けていたA君が、お散歩の終盤は、泣き止んで会話をする時間が長くなりました。
A君のほうから積極的に言葉が出るようになったのです。

想像してみてください。
もし、泣いているからといってA君が一人で教室に取り残されていたらどうなっていたでしょう。
泣きながらでもみんなと一緒に参加して最後に泣き止んだことはA君にとってプラスの経験です。
そして、それを支えたのはM先生の見事な支援です。

どうですか?
先生方の対応って奥が深いですよね。

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