講座501 愛着障害の今(2)
前回は「SUGIYAMAショック・発達障害におけるコペルニクス的転回」の(1)~(3)について解説しました。
今回は(4)について解説します。
(1)発達障害の大半は、病気でもないし、障害でもない。
(2)小児科医や児童精神科医を受診する児童の9割以上が発達凸凹に過ぎない。
(3)DSM-5やICD-11のようなカテゴリー診断は非科学的である。
(4)学校の先生がいちばん苦労している児童の多くは「発達性トラウマ症」であろう。
(5)「発達性トラウマ症」を持つ児童の親の多くは「複雑性PTSD」の診断基準を満たす。
(6)児童虐待の連鎖率は7割を超える。
(7)10年後くらいには、今の発達障害の診断基準は意味をなさなくなるだろう。
2.「発達性トラウマ症」とは何か
3.発達性トラウマ症の肝
1.学校の先生が苦労している「発達性トラウマ症」
落ち着きがなく、授業中に教室を飛び出すこともある小学3年生男児。
遊んでいる最中に、突然、友だちを突き飛ばしたり、暴言を吐いたりするので、周囲から「こわい子」「乱暴な子」と思われており、学級でも浮きつつある。
医療機関ではADHDと診断され、服薬もしているが、依然として気分にムラがあるのか、落ち着きのないときがある。
相手の表情が読めなかったり、平気で人を傷つける言葉を口にしてしまったりするのは発達的な特性なのかもしれないと考えた担任は、コミュニケーションスキルを高めるSST(ソーシャルスキルトレーニング)を取り入れて「よい話しかた」を練習させようとした。ところが、男児はますますイライラして、態度はひどくなるばかり。
担任は必死にやっているのに、本人にはまったくやる気がみられない。
ベテランの教員から「反抗的な態度で周囲の気をひこうとしているだけだから、放っておいたほうがいい」と助言された担任は、男児に声かけするのを控えて、距離を置くようにした。
男児は、学校で一人ぼっちになった。出典:野坂祐子『トラウマ・インフォームド。ケア』(2019)
私は、この子は「発達性トラウマ症」だと思います。
落ち着きのなさや空気の読めなさから「発達障害」だと考える人がほとんどでしょう。
事実、医師もそのように診断(カテゴリー診断)しています。
しかし、改善が見られず、「打つ手がない」といった状態に見えます。
発達障害だと考えてSSTをやっていますが、多分「長かった」「ていねいに行なった」のではないでしょうか。
発達性トラウマ症のお子さんの場合は、長い話やていねいな説明は禁忌事項です。
やればやるほど悪化します。
そのことが見事に表れている事例です。
そして、最後には教師からも見放されてしまいました。
もちろんこれも禁忌事項です。
教育の放棄がよい結果に結びつくはずがありません。
この後のことは書かれていませんが、学校に来なくなったり、より危険な行為に走ったり、うつ病になったりするかもしれません。
教師がやるべきことは、この子との信頼関係を築き直し、小さなことで構わないから授業で自信を持たせることです。
教師にはそれが出来ます。
教師にしか出来ないことです。
これは私が長年TOSSで学んで来たことです。
TOSSではこれが基本でした。
2.「発達性トラウマ症」とは何か
「発達性トラウマ障害(Developmental Trauma Disorder)」という概念はオランダ出身の精神科医ヴァン・デア・コークが提起したものです。出典:「発達性トラウマ障害」(2005)
コークはこの概念が国際的診断基準に採用されるように働きかけたそうですが、DSM-5にもICD‒11にも採用されていません。
その診断基準が杉山先生の『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』という本に出ていますので、そこから極めて大雑把に取り出してみます。
・感情調節の不全
・注意や行動の調節不全
・対人関係の調節不全
・自己コントロールの不全
こういったところです。
原文を見たい方はこちらからどうぞ。4枚目にある表のBです。参照:Developmental Trauma Disorder
でも、これだと漠然としていますよね。
発達性トラウマ症(障害)をひとことで説明するのって難しいのです。
それよりは、冒頭の事例のような行動を見ると、《きっとそうなのかな》という感じでわかります。
「きっと」というのは、これだけでは基準を満たさないからですが、それは後述するとして、
このままだと、発達性トラウマ症(障害)を伝えられないので、とっておきの図を提示します。
この図は杉山先生の図をもとに私が勝手に自分向けに作成したおのです(杉山先生、ゴメンナサイ!)。
もともとの図は本の中にありますので、ぜひそちらをご覧ください。出典:『トラウマ』(2024)
重要なのは次です。
杉山先生は著書の中で「発達障害は3つのグループに分けられる」と述べています。
①発達凸凹
②自閉症
③発達性トラウマ症
①の「発達凸凹」については講座500で説明した通りです。
ここでは「発達の偏りや特性」と表現していますが、要するにこれは《ちょっと普通と違う》とか、《発達が遅い・早い》とか、《発達に得意・不得意がある》ということです。
そして、こうした子が精神科を受診すると、多くの場合「ASD」とか「ADHD」と診断されます。
それが「発達凸凹」です。
私はこの中に「LD」と「DCD」と「境界知能」も含めました。
ちょっと苦手なところがあるだけであって、コミュニケーションの障害はありませんからね。
このような①の「発達凸凹」とは別に、②の「自閉症」が存在します。
これは、いわゆる広汎性ではなく、ちゃんとした「自閉症」のことです。
ですから、図の色使いもそのようになっています。
健常児と発達凸凹の間には、ほとんどスペクトラムがありません。
でも、②の自閉症は①とかなり色の濃さが違いますよね。
これは、ほぼ確かに《ここは診断できる》という意味です。
そして、問題の③「発達性トラウマ症」です。
発達性トラウマ症は、《トラウマによる脳機能障害》です。
杉山先生の著書では、「トラウマ起因の脳の機能的・器質的変化と異常」と書かれています。
それをちょっと短くしました。
杉山先生が書かれた「変化と異常」というのは、おそらく友田明美先生のこのことを指しているのだと思います。
・暴言で聴覚野が変形
・面前DVで視覚野が縮小
・体罰で前頭前野が萎縮
こうした脳の変形や萎縮が起きると、子どもの行動に特徴が現れます。
これらの部分が障害されると,うつ病の一つである感情障害や,非行を繰り返す素行障害などにつながると言われる。出典:「被虐待者の脳科学研究」友田明美2016
「感情障害」と似た症状には、「気分障害」「双極性障害」「重篤気分調節症」などがあります。
要するに、《抑うつ的になる》《ハイテンションになる》《その両方が起きる》といった感情の機能調節不全です。
「素行障害」と似た言葉には、「行為障害」「反社会性パーソナリティ障害」「間欠爆発性障害」「反抗挑戦性障害」などがあります。
要するに、《暴言》《暴力》《反抗》《いじめ》《非行》など行動の機能調節不全です。
感情障害は「Affective Disorder」、素行障害は「Conduct Disorder」と、どちらも「Disorder」ですから脳機能の障害です。
そして、イメージとして、冒頭の小学3年生の男児の行動と繋がります。
3.発達性トラウマ症の肝
発達性トラウマ症を理解するために最も重要なのは図の矢印です。
つまり、「虐待などによるトラウマの発生」が病因となって、発症するという点です。
これまでは、よく次のような話がありました。
《発達障害の子は怒られやすい。怒り過ぎると二次障害を起こす。》
でも、この図には「発達障害」も「二次障害」もありません。
この図で言うなら、次のようになります。
《発達凸凹の子は怒られやすい。怒り過ぎると発達性トラウマ症になる。》
「怒り過ぎ」は虐待になる可能性がありますから間違ってはいません。
むしろ、このように理解してもらうのが正しいと思います。
杉山先生は言います。
今や発達障害臨床の場に従事していれば、発達障害と子ども虐待が重複したニワトリ・タマゴの判然としない重症例に出会わずにすむなどとはあり得ない。もしあるとすれば、子ども虐待という視点が欠落しているために、事実が見えないだけである。出典:『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』
これを読むと次の話が連想されます。
杉山登志郎先生が、ある公立病院の入院病棟を訪れた時のことです。
入院している子どもたちは、発達障害と複雑性PTSDとが併存症例ばかりでした。
その時に杉山先生は思いました。
発達障害と複雑性PTSDとの併存以外に病床を必要とする例は少ないのではないか、と。
そして、杉山先生は愕然とします。
この病院では、
・家族歴が取られていない
・診断をきちんと下していない
・薬の処方だけがなされて子どもたちの改善が見られない
・若い精神科医が疲弊している
私はここを読んで、これはまるで学校現場で起きていることと同じじゃないか! と思いました。
病院の惨状を見て杉山先生は《なんとかしたい》と思いました。
しかし、どうなったか。
原文を抜粋します。
しかし老兵の遠慮しながらのアドバイスはなかなか取り入れられない。
その理由はエビデンスに欠けるからというのであるが。
複雑性PTSDなど、まだ診断基準がない状況の中で、エビデンスなど期待するほうがおかしいと舌打ちをする。
良くなっているならいざしらず、悪化していてそのままなのである。
出典:初出『そだちの科学』32号(2019)/収録『発達性トラウマ症の臨床』(2024)
これまた学校現場とそっくりです。
学校現場にも《流行を追って足下を見ず》という傾向があります。
まったく同じです。
もうひとつ似ているのは《学び続けなければならない》という点です。
医療も教育もどんどん変化します。
《免許があるから大丈夫》とか、《これまでの経験で大丈夫》という姿勢では通用しません。
子どもの前に立つならば、常に学び続けなければなりません。
そしてもうひとつ。
《見捨てない》《見る》《見続ける》ということです。
「良くなっているならいざしらず、悪化していてそのままなのである。」
これは仕事からの離脱です。
責任放棄です。
現実から目をそらしてしまった姿です。
「発達性トラウマ症の肝」という見出しでこれを書いていますが、そろそろまとめます。
その肝とは、「虐待などによるトラウマの発生」の有無です。
ですから、教師や医師が《家族歴を知らない》では話になりません。
ヴァン・デア・コークが提起した発達性トラウマ障害の診断基準の「A.曝露(ばくろ)」は次のように書かれています。
児童または少年が児童期または少年期初期以降、最低一年にわたって、以下のような逆境的出来事を、複数または長期間、経験または目撃した場合。出典:『発達性トラウマ障害と複雑性PTSDの治療』(2019)
「曝露(ばくろ)」とは、「Exposure(見られた場合)」という意味です。
「以下のような逆境的出来事」については、敢えてここでは提示しません。
どんな出来事が「逆境的」なのかを想像してみてください。
コークの定義と関わるかどうかはわかりませんが、アメリカの疾病予防管理センター(CDC)のACE研究における「逆境体験」の10項目を参考までに掲載しておきます。
ちなみに、ACE研究における「小児逆境体験」の「小児」とは、0歳~18歳までの子どもを指します。
①親や家族からの身体的虐待
②精神的虐待
③性的虐待
④ネグレクト
⑤精神的ネグレクト
⑥DVの目撃(母親の被害)
⑦同居家族の精神疾患
⑧同居家族の犯罪
⑨同居家族の薬物やアルコール依存
⑩両親の離婚や別居
参考:ACEスコア(公益社団法人子どもの発達科学研究所)、三谷はるよ「子ども期の逆境体験(ACE)と自殺念慮」(2022)
原文:ACEモジュール(CDC;アメリカの疾病予防管理センター)
今回はここまでとします。
次回は残りの3つを終わらせてしまいたいと思います。
(5)「発達性トラウマ症」を持つ児童の親の多くは「複雑性PTSD」の診断基準を満たす。
(6)児童虐待の連鎖率は7割を超える。
(7)10年後くらいには、今の発達障害の診断基準は意味をなさなくなるだろう。
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