講座604 「お祈り」時間の「語り聞かせ」の工夫

2.「お祈り」をするのはどうして?
3.「お祈り」の時間に「語り聞かせ」をする
4.「エピソード・リフレクション(具体的な出来事の振り返り)」の科学的根拠
5.父親としての「語り聞かせ」
6.保育者のスキル

1.キリスト教系幼稚園が多い理由
日本にはキリスト教系の幼稚園が沢山あります。
私が勤務させていただいている幼稚園もキリスト教系の幼稚園です。
どうしてキリスト教系の幼稚園が日本に多いのかご存じでしょうか。
簡単に言いますと、明治になって小学校ができた時に、幼稚園の創設が遅れていたからです。
日本で最初の幼稚園は、1876年(明治9年)に開設された「東京女子師範学校附属幼稚園(現在のお茶の水女子大学附属幼稚園)」です。
しかし、国の政策が小学校優先だったので、義務教育に比べて広がりが遅れました。
そんな時に、欧米から多くの宣教師が来日しました。
彼らは、社会福祉事業に力を注いでいたので、その一環として日本に根付いていなかった幼児教育の場を創設しました。
欧米では、教会が「教育の場」の一つになっています(それは今でも)。
ですから、宣教師たちが教会など活用しながら「幼稚園」を創設するのは自然な流れでした。
それは、欧化政策をとっていた国としても都合がよかったのだと思います。
1880〜1890年代には、アメリカ人宣教師らによって神戸や金沢、東京などにキリスト教系幼稚園が設立され、近代的な保育のモデルケースになりました。

2.「お祈り」をするのはどうして?
キリスト教系の幼稚園だからと言って、キリスト教徒を求めるわけではありません。
それは「自由」です。
でも、園生活では「お祈り」をしますよね。
あれはどうしてなのでしょう?
それは〈子供観〉と深く関わっています。
多くのキリスト教系の幼稚園では、子供たちを〈神様から授かった大切な存在〉として尊重します。
子供たちが唱える「お祈り」は、たとえばこんな感じです。
【文例:帰りの祈り】
「かみさま、きょうも たのしい いちにちを ありがとうございました。かみさまから いただいた わたしたちの からだと こころを つかって、たくさん あそぶことが できました。おうちに かえる みちも まもってください。おとうさん、おかあさんの もとへ ぶじに かえれますように。アーメン。」
自分の体や心は〈神様から預かった大切なもの〉だからこそ、自分自身を大切にし、同じように神様から命を授かっている周りの友達にも優しくしようという自尊感情と他者理解が自然に結びつく内容になっています。
この「お祈り」は子供たち自身に〈自他を大切にする心〉を育むものですが、保育者や保護者などにとっては、それが〈子供観〉〈保育観〉につながります。
こうしたことは、キリスト教系の幼稚園に限ったことではありません。
仏教系の幼稚園では「神様」が「ののさま」となります。
「ののさま」というのは、〈尊いすべてのもの〉〈自然や八百万の神々〉といった意味です。
また、日本の伝統的な子供観には、「七歳までは神のうち」という言葉に表れているように、〈幼児期の子どもは誰の私有物でもない〉という考え方があります。
これは〈神様さか授かった生命を「人」になるまでみんなで大切に育てなければならない〉という意味になります。
ちょっと変わった考え方ですが、「親の所有物ではなく、大いなる存在から一時的に託された大切な命である」という点ではキリスト教の子供観と一致しています。
また、「祈る」という行為は〈日々の生活を「当たり前」として捉えず感謝する感性を日常の所作から身につけさせる〉という点でも同じです。

3.「お祈り」の時間に「語り聞かせ」をする
先日、年長児の帰りのお祈りの時間に出会わせました。
講座600で解説した「読み聞かせ」の後に「帰りのお祈り」があったのです。
集まっている子供たちの前でA先生がお祈りの先導を始めます。
「お祈り」ですから、言葉は決まっています。
でも、それだけではなかったのです。
そこに、ちょっとした工夫がありました。
その日は、公園に行って遊んだ日でした。
A先生は、「お祈り」の中で、
「今日は公園で楽しく遊ぶことができました」
などと、その日の具体的な活動を振り返る言葉を挿入していたのです。
「K君がクルミを拾ってみんなに見せてくれました」とか、そんな言葉もあったような気がします。
このような活動を「語り聞かせ(エピソード・リフレクション)」と言います。
簡単に言うと「振り返り(フィードバック)」です。
これが〈振り返り〉ではなく〈文学作品〉であれば「素話」と言います。
これらは歴とした幼児教育のスキルです。
大人が幼児と一緒に日常の出来事を具体的に振り返ることが、記憶だけでなく、自己理解や社会情動的発達にも関係する。
という研究結果があります。出典:Mother-child reminiscing about everyday experiences: implications for psychological interventions in the preschool years(2006)
この論文では、母親が就学前の我が子に「語り聞かせ」をしていますが、保育者でも同様の効果があると考えていいでしょう。
この論文について、少しだけ解説をさせてください。

4.「エピソード・リフレクション(具体的な出来事の振り返り)」の科学的根拠
「振り返り」には、いくつかのレベルがあります。
レベル1【単純な振り返り】
「今日は公園に行って楽しかったね。」
レベル2【具体的な振り返り】
「今日は公園に行きましたね。K君がクルミを拾って、みんなに見せてくれました。」
レベル3【対話まで含めた振り返り】
「「今日は公園に行きましたね。K君がクルミを拾って、みんなに見せてくれました。どんな形だったかな?」
レベル2では、出来事を具体的に再現し、子どもが経験を思い出せるようにしています。
レベル3では、問いも投げかけて子供との対話まで挿入しています。
こうした方法を認知心理学では「精緻化」と言います。
論文は、こうした具体的な振り返りが、次のような発達に役立つ可能性を示しています。
(1)記憶:自分の経験を詳しく思い出し、報告する力
(2)自己理解:自分自身についての理解
(3)社会的理解:他者や社会的な経験についての理解
(4)言語:言語発達や初期の読み書き能力
(5)相互関係:関係の質の向上
幼児の発達において重要なことばかりです。
「お祈り」の間に〈その日の出来事を振り返る語りを挿入する〉というだけで、保育の質がまったく違ってくるわけです。

5.父親としての「語り聞かせ」
私も父親として、娘たちに寝る前の「語り聞かせ」をしていました。
このことについては、講座107 「『語り聞かせ』してますか?」でも書きましたが、ここに再現してみたいと思います。
こんな感じです。
布団に入って、お互いに天井を見上げながら、私が〈今日のお話〉の題名を言います。
「お父さんとお散歩(というお話です)。」
もうこれだけで娘たちがわくわくしているのが伝わります。
私は続けます。
「さきちゃんとゆいちゃんは、お父さんとお散歩に行きました。」
「お日様が出ています。」
「青空です。」
「風が吹いて気持ちいいねえ」とお父さんが言いました。
「歩いていると、さきちゃんがタンポポを見つけました。」
「あ!タンポポだ!」
こんな感じです。
子供たちの「わくわく感」が想像できたでしょうか?
これを空(そら)で言うわけです。
絵本や文学作品と違って、その日の出来事ですから何も見ないで話せます。
簡単ですよね。
現在では、こうしたことが〈子供の発達に発達に役立つ可能性〉を示しているのです。

6.保育者のスキル
話を幼稚園に戻します。
キリスト教系幼稚園における「お祈り」の時間についての考察でした。
私は以上のようなことを知っていたので、
A先生の「お祈り」の仕方を見た瞬間に、
「あ!これは『エピソード・リフレクション』だ!『精緻化』もしている!」
と気づくことができた訳です。
これを挟むと子供たちも集中が続きます。
お友達や自分の名前が出て来たらなおさらです。
それでいて、「お祈り」の全体としてのバランスを崩さない。
そこに保育者のスキルを見取ることができました。








