講座567 「お手本」という言葉の意味

年長児さんと年少児さんが一緒の教室で活動していました。
これからお遊戯室に出て一緒に遊びます。
K先生は次のように言いました。
「これからお遊戯室に行くのでみんな並びます!年長さんがお手本になるので見ていてください!」
そして、年長さんたちがドアの前に一列に並びました。立派な並び方です。
「では年少さんも並んでください!」
K先生の合図で年少さんたちもその隣に一列に並びました。年少さんたちも上手です。
こうして二列に整列して年長さんと年少さんはお遊戯室に出発しました。
年長さんたちの中には、ペアになった年少さんと手をつないで、優しく連れて行く姿が見られました。
気持ちは「お兄さん・お姉さん」なのです。

さて、この何気ない一コマには重要な発達の仕組みが隠されています。
年長児が年下の子どもに対して〝お兄さん・お姉さん意識〟を持つことを心理学では「向社会的行動」と言います。
そして、この行動には脳の発達が関係しています。
5歳前後の幼児の脳は「実行機能」と呼ばれるコントロール機能が発達する時期です。
大きく言いますと、①我慢、②切り替え、③一時的な記憶の保持が実行機能の能力です。
この能力が発達する時期と向社会的行動(助け合う気持ち)が発達する時期が重なります。
つまり、〝お兄さん・お姉さん意識〟を育てる絶好のチャンスだということです。

日本の保育システムには、このチャンスを活かす仕組みが伝統的に引き継がれています。
それが年長さんと年少さんを一緒に活動させる「異年齢活動」です。
よく考えると「年長さん」は数年前まで「年少さん」でした。
それが逆転して、今度は自分たちが「年長さん」になります。
この時に、自分たちが過去にお世話になったことや、過去の年長さんたちがしていた行動を覚えているので、イメージが出来ています。
ですから、「今度は自分たちの番だ!」となるわけです。
心理学ではこれを「模倣の反転」と言います。
日本の保育システムはこの仕組みをうまく使って園児の向社会的行動を伸ばしているのです。

そして、この時に重要となるキーワードがあります。
それはK先生が使った「お手本」という言葉です。
「手本」は平安時代に文字を写す時に使われ始めた言葉ですが、
その後は「こうふるまう」「こう生きる」というような生活規範を学習する時に使う言葉に発展してきました。
文字を書く、箸を持つ、挨拶する、掃除する、歌う、踊る、人に合わせる。
こうした力は、説明だけではなく、まず「やって見せる」ことで伝わりやすくなります。
『保育所保育指針』や『幼稚園教育要領解説』でも、「模倣」の大切さが示されていますが、これは「身体化された学び」を重視して来た日本の伝統的教育方法なのです。
園の先生方が使う「お手本」という言葉には、こんな深い意味があったのですね。



