講座554 自殺率が高い町

 目 次
1.北海道一自殺率が高い地域
2.自殺予防の要点
3.切れ目のない支援を実現するために

1.北海道一自殺率が高い地域

私が子育て支援活動をしている北海道の中標津町は全道で最も自殺率が高い町と言われています。

中標津町が発表している「第2次中標津町生きるを支える自殺対策行動計画」などの資料に基づくと、以下のような実態が見えてきます。

  • 自殺死亡率(人口10万対): 中標津町の令和4年までの5年間平均は24.0となっており、同年の全国平均(17.25)を大きく上回っている。
  • 推移: 年度によってばらつきがありますが、近年は多くの年で道・国の平均を超えている。
  • 特徴: 全国的には「健康問題」が自殺の動機として最も多いですが、中標津町では「勤務問題」が最も多くなっているのが特徴である。(参照:講座316 QA⑤不適応を起こしやすい四つの場所

これは私が過去の研修会(2014年)で使ったスライドですが、この時は確かに「全道一」でした。

ただし、この調査は保健所管轄地域別ですので、正確には「中標津町」ではなく「中標津保健所管内」となります。

つまり、グラフの「中標津」は、中標津町と別海町と標津町と羅臼町の4町を指しています。

別海町と言えば、私が住んでいる町です。

つまり、私の町も「自殺率の高い町」のうちの一つということです。

ちなみに、「全国一高いのでは?」という噂もあるようですが、都道府県ごとの調査では「年齢調整死亡率」で比べているので、市町村別の調査とは基準が異なっているため簡単には比べられません。

噂が広がると自殺の連鎖が生じる恐れもありますから意図的に比べられないようにしてるのでしょうか。

ということで、

ファクト】:年度によってばらつきがあるが全道・全国の平均を超えている。

という表現が事実だと思います。

念のために、中標津町の『自殺対策行動計画』を見ましたが、確かにこうなっていました。

 

2.自殺予防の要点

自殺予防のためには、乳幼児期における愛着形成が重要であり、それを支援する対策が求められています。出典:「愛着形成が成人期における SOC(Sense of Coherence)と自殺リスクに及ぼす影響」(2021)

そのためには、当然のことながら、《愛着形成とは何か》という知識が必要であり、愛着を形成するためのスキルも必要です。

では、その知識とスキルは、誰が、いつ・どこで、教えてくれるのでしょう?

昭和初期までは大勢の家族が同居する中で、赤ちゃんの育て方は「見様見真似」で伝達されていました。出典:柴田俊一『愛着関係の発達の理論と支援』(2019)

この「見様見真似」というのが重要なのです。

人間の脳にはミラーニューロンという機能があるので、意識する・しないを問わず、実際に見た経験は「知識」だけでなく「スキル」をも与えてくれます。

私にはびっくりした経験があります。

うちの四女は三女がスケートをする姿を見て育ったので、教えたわけでもないのに正しい姿勢(上体を低くして滑る基本姿勢)を身につけていました。

それと同じで、近くで誰かが赤ちゃんを抱っこしているのを見ていたり、赤ちゃんをあやしている姿を見て育っていると、自分に赤ちゃんができた時に、いつのまにか自然に「正しい抱っこ」ができるようになるものです。

これは私たちホモサピエンスが持っている能力なのです。

『模倣の社会学』の中で横山滋は、「家庭における模倣は、人生の基本をなすものである」と述べています。出典:『模倣の社会学』(1991)

最近では「体験格差」が話題になっていますが、「体験」には視覚情報や身体知がありますから、机上の知識教育とは別な機能があります。

次は「身体知」に関して解説します。

見るだけでなう、実際に赤ちゃんを抱っこする体験をするのが身体知です。

その体験は赤ちゃんとの「相互作用」となります。

赤ちゃんを抱っこすると、重さ、温もり、赤ちゃんの反応など、赤ちゃんから返って来る情報を受け取ることができます。

これは見ただけでは得られない情報です。

「見様見真似」の「見真似」です。

この身体知も加わると体験はより深まります。出典:メルロ・ポンティ『大人から見た子ども』(1988)滝浦静雄・木田元・鯨岡峻(訳;2019)

それが昭和後期(戦後)になって、核家族化が進み、赤ちゃんの育て方を見ながら育つ機会が減りました。

現代以降は、そこに「スマホ」の影響が加わります。

大阪人間科学大学名誉教授の原田正文氏は、大規模調査の結果から「現代の子育ての困難さの大きな要因は、日本の親たちが子どもを育てるための準備をまったくしないまま親になってしまったことである」と報告しています。出典:『子育ての変貌と次世代育成支援』(2006)

さらに、東京成徳短期大学特任教授の寺田清美氏らは、その報告をもとに平成生まれの大学生に対して赤ちゃんへの「接触体験」と育児の「観察体験」を調査しました。出典:「大学生の『赤ちゃん体験』についての調査と分析」(2013)

その結果、興味深いことがわかっています。

「赤ちゃんを抱っこしたことがある」、「赤ちゃんと遊んだことがある」、「赤ちゃんに指を握られたことがある」などの接触体験は「いつでもできる体験」であり、

「見様見真似」自体も減っている中で、「見真似」はさらに減少しているようです。

そりゃそうですよね。核家族化どころか少子化ですから。

したがって「限られた状況」をすべての学生生徒に実施するのは難しいでしょう。

ですから私は動画を使って、その場面を効率的に「体験」できるようにしています。

それが出前授業「赤ちゃん学」です。参照:出前授業「赤ちゃん学」

どのような形であれ、乳幼児期における愛着形成の仕方を共有しておくことは、自殺予防の観点からも重要だと言えます。

3.切れ目のない支援を実現するために

厚生労働省は2005年から「育児支援家庭訪問事業」をスタートさせていますが、この事業が対象としていたのは「一般の子育サービスを利用することが難しい家庭」であって、いくつかの条件が規定されていました。出典:「育児支援家庭訪問事業の実施について」厚生労働省

行政側が積極的に訪問するというよりは、養育者側が《自分からサービスを受けに行く》という行動が必要でした。

この事業では「生後4か月までの乳児のいるすべての家庭」を訪問することが目的になっています。

この「乳児家庭全戸訪問事業」の現在はどのようになっているのでしょう。

2020年4月時点の実施率は全国平均で99.9%です。出典:「乳児家庭全戸訪問事業の実施状況調査」(こども家庭庁)

しかし、これはこの事業に《取り組んでいる》という数値であって、《訪問が出来ている》という数値ではありません。

このうち実際に訪問が出来たのは52.7%です。

つまり、「全戸訪問」を目的にした事業ですが、約半分しか訪問が出来ていないわけです。

2025年現在でもこの数値に大差はないと考えられます。

その理由はいくつかありますが、まずはこの事業が《努力義務》だからという点が大きいでしょう。

ただし、時代は変わり、養育者側が訪問を嫌がるケースもあるはずです。

訪問が出来なかった理由のトップとしてあげられているのは「日程の調整ができなかった」というものですが、

この背景には、養育者側の消極的な姿勢も伺えますし、行政側の多忙感も推測できます。

いずれにしても、2025年の現在にあっても乳児期の子育て支援には、お金の支援だけではなく、システムにも課題があるということです。

この「乳児家庭全戸訪問事業」の訪問スタッフは保健師や助産師などの専門家だけではありません。

民生委員や町内会や子育て経験者など幅広い人材の活用が待たれています。

これは《子育ては社会全体で行うもの》という考え方から生まれた事業の証拠なのですが、そのシステムが未完成だということです。

一般化しますと「孤育て」という社会の課題です。

母親の不安が乳児との愛着形成に悪影響を及ぼすことについての研究は多数存在します。

保健師の野原真理さんと助産師の中田久恵さんの研究論文に興味深い考察があります。出典:「母親の QOL と育児不安」(2019)

育児不安の構造は,【育児で心配なこと】がベースとなり,そこに【育児の負担感】,【育児の孤独感】が伴いやすい。育児不安の中で【母親として不適格と思う】ことは産後12ゕ月に最も増加し,母親のQOL の高低差も明確になったことから,育児不安の最終形態として母親が自分を不適格と判断してしまう構造があるのではないかと考えられた。出典:「母親の QOL と育児不安」(2019)

QOL(クオリティ オブ ライフ)とは、日本語で「生活の質」「生命の質」などと訳され、個人の生活満足度や充実感、自分らしさを評価するための概念です。

これが「孤育て」の構造だとしますと、まず、《子育てに関する知識やスキルを持つこと》、《アクセスしやすくすること》が前提に必要で、そのことが「負担感」や「孤立感」を予防し、自己否定に至る道を断ち切ることになります。

ですから、《子育てに関する知識やスキルを持つこと》と《アクセスしやすくすること》は「訪問」の要点です。

そして、このことは「乳児家庭全戸訪問事業(こんにちは赤ちゃん事業)」に限らず、社会全体の課題でもあります。

よく《切れ目のない支援が大切だ》と言われますが、行政だけにその支援を委ねることには限界があります。

保健師さんの仕事は激務です。

社会全体で助け合う仕組みが必要です。

その拠点となるのは「こども家庭センター」でしょう。

「こども家庭センター」は、2022年に改正された児童福祉法に基づき、2024年から地域の福祉拠点として設置されました。

子ども・子育て世帯・妊産婦に包括的支援をおこなう公的施設です。

〈子育てに関することなら何でも〉という施設です。

ここに「共助+互助+自助」という連携をどう生み出すか。

それが地域の課題となっています。

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水野 正司

子育て応援クリエイター:「人によし!」「自分によし!」「世の中によし!」の【win-win-win】になる活動を創造しています。

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