講座518 教科書を使えない教師たち

「教科書を使えない教師たち」というタイトルですが、

それ以前の問題として「使わない」先生方ががたくさんいらっしゃいます。

このアンケートでは半数の先生方が《算数の授業で教科書を使っていない》と回答しました。

一体どうして算数の授業で教科書を使わないのでしょう?

 目 次
1.なぜ教科書を使わないのか?
2.教科書を使わないので準備が大変
3.教科書に「答え」は書いてあるのか?
4.算数の教科書の基本構造
5.説明しない
6.リズムとテンポ
7.まとめ

1.なぜ教科書を使わないのか?

これは、《推測》というより、何度も実際に聞いたことがあるのですが、

【A】 だって、教科書って答えが書いてあるでしょ。

【B】 答えが書いてあったら、自分で考えなくなるでしょ。

このような先生方は《自分で考えることが大事だ》と考えているわけです。

ここが、教科書を使うことが大切だ考える私とは、考え方が違うわけです。

私の考え方は、

①算数の授業では、子供達が《わかる!》《できる!》《算数大好き!》となることの方が重要!

②算数の授業では、《教科書の使い方》を身につけさせることが大切! 特に、1~4年生の間に!

ここが違うわけです。

2.教科書を使わないので準備が大変

では、本当に「答え」が書いてあって、子供は自分で考えなくなるのか見てみましょう。

これは、実際の教科書をもとにして私が作った4年生の算数の教科書の例です。

教科書を使わない先生方は、こういうページを開かせないで、

「めあて」と書かれた画用紙を黒板に貼ったり、

あらかじめ先生が模造紙に書いた「めあて」を黒板に貼って子供に読ませたりするみたいです。

また、

サッカー場の写真のコピーなどを黒板に貼って、

「みんな、サッカーの試合をテレビで観たことあるかな?」などと展開する授業もあるようです。

準備が大変だと思うのですが、数直線も模造紙で作って黒板に貼ったり、

一人の子にマーカーで書き込ませて、他の子がその様子をじっと見るという展開もあるようです。

準備が大変なのですが、どうしてこのような展開をするのかというと、

その根本には、

【B】 答えが書いてあったら、自分で考えなくなる

という考え方があって、

その前提が、

【A】 教科書には答えが書いてある

ということでした。

果たして、これは本当なのでしょうか?

3.教科書に「答え」は書いてあるのか?

では、先程のページをもとにして解説してみましょう。

シカク1番の問題を見てみましょう。

島根県と栃木県の面積は、それぞれ約何千㎢といえますか。
 島根県6408㎢  栃木県6708㎢    

さて、この問題の「答え」は教科書に書いてあるでしょうか?

「さくらさん」がつぶやいています。

6708は、6000より7000に近いから…

これ、ほとんど「答え」ですよね。

「…」まで付いていて意味ありげです。

隣の四角の中に「7000」と記入すれば「答え」になります。

多分、《算数の教科書には答えが書いてある》と考える先生方は、このようなことをもって「答えが書いてある」と主張されるのではないでしょうか。

あるいは、「答え」とは言い切れなくても「ヒント」となることが書いてあるから使わないということなのではないでしょうか。

もし、そうだとしたら、私の考え方とはまったく異なることになります。

4.算数の教科書の基本構造

最初に言っておきますが、算数の教科書には、ほとんど「答え」は書いてありません。

「ほとんど」というのは、計算練習の問題の時に、答えがバラバラになって提示されていて、自分で解いて答えを確認するという形式の問題がたまにあるからです。

そういう問題は、初めから意図的に答えを提示しているわけですから、《子供が答えを見てしまったら困る》ような作りにはなっていないわけです。

この論理はとても重要です。

そもそも教科書会社は、どのページであれ、《子供が答えを見てしまったら困る》ような作りにはしていません。

100%見て使うように作られています。

それなのに《答えを見てしまうから閉じさせる》というのはなぜでしょう?

これは私の推測ですが、そのような先生は教科書の基本構造を読み取られていないのではないでしょうか。

教科書を使っていらっしゃる先生方ならわかると思いますが、算数の教科書には基本構造があります。

 例題  類題  練習問題

シカク1が「例題」です。

類題はこの中にはありません(そういう時もあります)。

2番が「練習問題」です。

算数の授業を準備する時には、まずこの基本構造を読み取ります。

そして、次のように考えます。

練習問題の2番で、すべての子供が、《これわかる!》《これできる!》《やった!自分で出来た!》と実感できるように組み立てる。

ここが《ゴール》ですから、この《ゴール》に到達できるように18ページ~20ページまでの流れを組み立てます。

そう考えると、このページには「類題」がありませんので、「類題」に代わる何かしらの補助が必要にもなります。

また、「練習問題」には「答え」が書かれていません。

これは自力でやるためです。

そして、「例題」にはいくつかの「ヒント」が書かれています。

それは「例題」だからです。

当然、意図的に、必要と思われることが書かれているわけです。

ですから、「さくらさん」の「つぶやき」は「答え」ではありません。

これは「例題」であり「練習問題」ではありませんし、「例題」を考える上で必要なことだから意図的に載せているものです。

《算数の教科書に「答え」は書かれていない》というのはそういうことです。

そして、基本構造に沿った授業を毎時間することによって、子供達は《教科書の使い方》を身につけていきます。

1年生から4年間やっていれば、高学年になる時には《教科書の使い方》が身についています。

中学校の数学の教科書や問題集なども同じような構造をしていますから、授業について行きやすくなります。

逆に、小学校の時に《教科書の使い方》を知らないまま過ごすと、中学校の授業で面食らってしまいます。

中学校の授業は未だに《入試ありき》ですから、教科書を使ってどんどん進みます。

教師の仕事には、子供の一生を見据えて《いま何が必要か》を考えなければならない部分があります。

私の師である向山洋一は次のように主張されています(文責:水野)。

乳児は、「愛着形成」の時代
幼児は、「お手本」の時代
そして小学生は、「教科書」の時代

5.説明しない

算数の教科書を使う理由でもうひとつ大切なのは、《わかる!》《できる!》《算数大好き!》にさせることです。

そのために必要なのが次の三つです。

①練習問題で《これわかる!》《これできる!》《やった!自分で出来た!》と実感できるように組み立てる。
②説明しない
③リズムとテンポ

②と③について解説します。

教科書を使った授業で重要なのは「説明しない」ことです。

理由は簡単です。

説明すると子供はわからなくなるからです。

説明するからわからなくなる、と言った方が適切です。

さらに言えば、説明しない方が子供にはわかるのです。

ところが、教科書を使わない派の先生方の授業には、説明が多い傾向があります。

最初に示したアンケートのグラフに興味深いところがあります。

「授業の導入部などで教科書を閉じて使うことが多い」という先生が35%もいます。

これは多分、授業の中盤くらいから教科書を開いて「まとめ」の部分を解説するためではないでしょうか。

こうした「まとめ」を覚えることが学校の勉強だと勘違いされているのではないでしょうか。

こうしたページを見た時に、《「まとめ」が大事だ》と思ってしまいませんか?

そうした思考は《暗記主義》の弊害です。

学校教育の目的が受験勉強だった時代が長く続いたので、私たち大人にはそうした考え方が残っているのだと思います。

そのために「説明」するのが教師の役割であり、いかにわかりやすく、あるいは工夫して、時には面白可笑しく、「説明」しようと頑張ってしまう先生方が数多くみられます。

YouTubeには、元小学校教師とか、塾の講師などをされた方が動画で授業を公開されていますが、そのほとんどは「説明」型です。

「説明しない」動画は見たことがありません。

そうした動画を見る子供は、多分積極的に動画を視聴するのだからいいのでしょう。

しかし、教室にいる子は、積極的に勉強しようと子供ばかりではありません。

勉強したくない子だっています。

境界知能の子や発達障害の子もいます。

そうした子は、先生が説明を始めた途端にドロップアウトします。

ですから、算数の授業において「説明」は教える側の麻薬です。

使うとしたら《一文程度》、時間にして《5秒程度》。

「概数っていうのは『おおまかな数』のことなんですね。」

以上、終了です。

6.リズムとテンポ

授業における「退屈」を研究した研究者がいます。

マックレム(2015)は、学校の授業の「退屈」を二種類に分類しました。

【特性的退屈】睡眠不足や疲れなど
【状態的退屈】授業がつまらない、簡単過ぎるなど

出典:Macklem, G. L. (2015).Boredom in the classroom: Addressing student motivation, self-regulation, and engagement in learning. Springer International Publishing.

日本の小中高校生には、この二種類の「退屈」が襲いかかっています。

高校生新聞オンラインは〈授業中の眠気〉についてアンケートをとった結果、70%もの中高生が授業中に寝てしまうことがあると公表しました。出典:「授業中の眠気に打ち勝つ方法」(2024)

私は中学校での勤務経験もありますが、中学生も寝ます。

これは多分「説明」型の授業のせいでしょう。

しかし、原因はそれだけではないと思います。

リズムとテンポがない

話す速度がまったりしていてテンポがなく、授業展開にスピードや強弱がなく平坦な授業がしばしば見られます。

それは眠くなるのも無理はありません。

子供達は動画やSNSやゲームなど高速で変化するコンテンツに慣れることで、日常生活での刺激に対する閾値が上がり、より強い刺激を求める傾向が生まれる可能性がああります。

長濱ら(2017)の研究によりますと、映像コンテンツを1倍速、1.5倍速、2倍速の3種類の提示速度で大学生75名に視聴させた結果、学習に適した提示速度として1.5倍速が最も支持されました。出典:「映像コンテンツの高速提示による学習効果の分析」日 本教育工学会論文誌

また、損害保険ジャパンが実施した世代別の調査では、倍速再生する際に選択する再生速度は18~26歳で1.5倍速、27~42歳で1.4倍速、43歳以上で1.3倍速と、若い世代ほど速い速度で視聴することがわかっています。出典:「若者の動画視聴実態に関する調査」損保ジャパンZ世代映像研究課(2022)

こうした影響は小学生にもあると思います。

YouTubeにおける授業動画には、未だにまったりした話し方のコンテンツがありますが、ああいう動画を見るのは私でも苦痛です。

NHKのアナウンサーでさえ、最近では話す速度が速くなっていると思うのですが、それでも現地取材員の中には平坦な話し方をされる方がいて不自然に感じます。

話し方における「リズムとテンポ」は現代こそ重要な授業要素です。

そして、教科書を使うとこの「リズムとテンポ」が出しやすくなります。

次に何をするかが書いてあり、視線の移動だけで授業を進めることが出来るからです。

画用紙や模造紙などの貼物をして空白を作る場面もありませんし、

プリントを配って後ろの人に回す場面もありません。

この「次に何をするかが書いてあり、視線の移動だけで授業を進めることが出来る」という点は非常に重要です。

これは教師にとってのメリットでもあり、子供にとってのメリットでもあります。

また、《教科書の使い方》を身につけることともリンクしてます。

7.まとめ

さて、今回のタイトルは「教科書を使えない教師たち」です。

やや過激なタイトルにしてしまいましたが、それには理由があります。

もしも、日本の小学校の先生方の「50%」が算数の授業で教科書をまったく使っていなかったり、最初は閉じて使わせたりしているとして、その理由が《教科書には答えが書いてあるから》とか、《子供が考えなくなるから》だとしたら、それは次の2点でかなり社会的な問題だと思ったからです。

1.小学校の先生の中には《考えさせることこそ重要》だと考えて、教科書を使わない授業をされいる先生が半分近くいるのではないか?

2.《教科書の構造を活かした授業》をするにはそれなりのスキルを必要とするけども、教員養成制度や研修制度の中で「教科書の使い方」を先生方や教員志望の学生に教えていないのではないか?

学校教育の目的は《暗記》や《受験》などではありません。

算数で言えば、その目標は「数学的に考える資質・能力」の育成です。

《数学的に考える力》と言ってもいいでしょう。

数学的な見方・考え方を働かせ,数学的活動を通して,数学的に考える資質・能力を次のとおり育成することを目指す。出典:「小学校学習指導要領」

これが小学校の「算数」の目標です。

中学校の「数学」の目標は次です。

数学的な見方・考え方を働かせ,数学的活動を通して,数学的に考える資質・能力を次のとおり育成することを目指す。出典:「中学校学習指導要領」

高校の「数学」の目標は次です。

数学的な見方・考え方を働かせ,数学的活動を通して,数学的に考える資質・能力を次のとおり育成することを目指す。出典:「高等学校学習指導要領」

気づきましたか?

全部同じなのです。

これは何を意味しているのでしょう?

そうです。

この「目標」は、小中高校の6・3・3の12年間を通して達成させるべき目標なのです。

そうしますと、最終目標である「数学的に考える資質・能力」を育成するためには、当然ながら意図的・計画的・組織的に学校教育を行わねばなりません。

シンプルに考えるとこうなるはずです。

小学校時代にこそ「学力の基礎」を身につけておいて、学年が進むにつれて《数学的に考える力》を中心に育成するべきではないでしょうか。

ところが、現状ではそれが逆になっているように思うのです。

小学校の先生方の中には、《自分で考えること》こそ大切だとして教科書を使わせない先生がいます。

その一方で、高校では、《小学校で身につけるはずのことが出来ていないので教え直さなければならない》という状況もあります。

逆の状況です。

小学校でこそ教科書を使って身につけさせるべきことを身につけさせ、中学・高校では、より専門的な内容を学んで思考力を伸ばしていくのではないでしょうか。

気になるデータがあります。

これは、令和5年度の不登校の学年別児童生徒数です。

明らかに、小学校から中学校にあがる時に増え方が違っています。

この背景には《小学校での授業の在り方》が関係しているのではないでしょうか。

もし、そういう要因があるとしても、それは小学校の先生方のせいではありません。

さらにその背後には、教員養成制度や研修制度の問題があります。

そもそも多くの大学では《教科書の使い方》を教員志望の学生達に身につけさせていないのでないでしょうか。

また、教員採用試験においても、その技能は問われません。

これでは、教科書の使い方を知らない先生がいても不思議ではありません。

そもそも教科書というのは、その道の専門家が作成した《知恵の結晶》です。

内容だけが単純に並んでいるわけではありません。

誰にでも教えられるものではないのです。

このページを「説明しない」で、説明したとしても「5秒以内」で、教えられますか?

ここまでのことを問題提起するために「教科書を使えない教師たち」というタイトルにしました。

「使わない」先生方の背景にはこのような社会的な状況が存在しているわけです。

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水野 正司

子育て応援クリエイター:「人によし!」「自分によし!」「世の中によし!」の【win-win-win】になる活動を創造しています。

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