講座574 「わらべうた」はSST

園児たちがホールで歌に合わせて動いています。
歌の題名は「なべなべそこぬけ」。
日本で昔から伝わる伝承遊びです。

先生はピアノを弾きながら色々な指示を出します。
♪「そこがぬけたら ごあいさつ!」と言ったら、
子どもたちは動きを止めて、お互いに挨拶をします。
♪「そこがぬけたら そこがぬけたら アンパンチ!」と言ったら、
子どもたちはアンパンマンの「アンパンチ」をするといった遊びです。
これは昔から実施されて来た伝承遊びなので知っている人は多いと思いますが、
そのねらいを知っている人は少ないはずです。
今回はこうした「わらべうた」に一体どんな価値があるのかについて解説します。

それにしても幼稚園の先生ってピアノが上手ですよね。
単に上手に弾けるだけじゃないんです。
鍵盤から目を離し、子どもたちの動きを見ながら曲を弾くんです。
そして、突然ピアノが止まります。
ピアノが止まると、踊っていた子どもたちが動きを止めます。
少しの間、凍り付いたみたいに体の動きを止める。
そして、ピアノが始まったら、また踊り始める。
やったことありませんか?この活動?
でも、子どもの頃はこの活動にどんな意味があるかなんて知りませんでしたよね。
実は、この遊びは「ソーシャルスキルトレーニング」なんです。
ソーシャルスキルトレーニングとは、略して「SST(エス・エス・ティー)」ということもあります。
「ソーシャルスキル」は日本語に訳すと「生活技能」とか「社会技能」などとなります。
つまり、対人関係や社会生活を営むために必要なスキルということです。
そのスキルを「トレーニング」するのですが、訓練というより、遊びを通して自然な形でいつのまにか身に付けてしまうという意味の「トレーニング」です。
その活動が音楽的なものであれば「リトミック」と呼ぶこともあります。
この「SST」は、園や学校だけじゃなく医療的な施設でも取り入れられていて、発達に困難を抱えた子の治療に効果があると言われています。
その効果とは、「コミュニケーション能力の向上」「人間関係の改善」「自己肯定感のアップ」など様々です。
え!「なべなべそこぬけ」にそんな効果があるの?って思っちゃいますよね。
では、具体的に解説しましょう。

突然ピアノが止まって自分の体を静止させる。
この活動をするためにどんな能力が必要かを考えてみてください。
これだけのことでも様々な能力が使われているんです。
この時、子どもの脳では、
①注意を向ける
②音を聞く
③指示を覚える
④動きを切り替える
⑤衝動を抑える
という働きが起きています。
この働きは「実行機能」と呼ばれます。
主に、脳の前頭前野が行う機能なのですが、
幼児期はこの前頭前野が発達する時期ですので、使えば使うほど抑制能力が向上します。
また、発達に課題があって、うまく抑制できないお子さんにとっては、この力を伸ばす貴重な機会になるのです。
その意味でまさに「トレーニング」なんです。
実行機能の役目は大きく三つあります。
(1)抑制(がまんする能力)
(2)シフト(切り替える能力)
(3)ワーキングメモリ(一時的な記憶保持)
ピアノが止まって自分の体を止めるためにはこの三つの能力が必要なんです。
実行機能は、小学校に上がった時の学習や生活の土台になります。
小学校では、
・先生の話を聞く
・指示を覚える
・順番を守る
・途中で投げ出さずに取り組む
・間違えてもやり直す
・友だちと協力する
ことなどが求められます。
これらはすべて、実行機能と関係します。
ハーバード大学の資料でも、実行機能は学習、社会性、日常生活を支える基盤であり、幼児期からの経験によって育つ力だと説明されています。(出典:Center on the Developing Child「A Guide to Executive Function」)

それだけではありません。
活動の中では、子どもたちがペアになって手をつないだり、背中を合わせたりする場面があります。
この「手をつなぐこと」や「背中を合わせること」にはどんな意味があると思いますか?
これもまた、色々な意味があるんです。
(1)相手の存在を実感する経験
・あたたかい。
・動いている。
・引っ張られる。
・止まっている。
・少し力が入っている。
・嫌そうにしている。
・うれしそうにしている。
こうした情報は、言葉ではなく、身体を通して伝わります。
体の触れ合いは、人間の発達において、愛着、情緒調整、コミュニケーションなどに関わる重要な働きをもつとされています。
触れる。触れられるという経験は、対人関係の基礎なんです。
(2)力加減の経験
手をつなぐ活動では、子どもは自然に力加減を学びます。
・強く握りすぎると、相手が痛がる。
・弱すぎると、手が離れてしまう。
・引っ張りすぎると、相手がよろける。
・相手が止まったら、自分も少し止まる必要がある。
これは、かなり大切な学習です。
幼児はまだ、「自分の体の力が、相手にどう伝わるか」を十分に分かっていません。
だから、友だちを押してしまう、引っ張ってしまう、近づきすぎる、ぶつかる、ということが起こります。
そこで、手をつなぐ、背中を合わせる、肩を並べるといった活動を繰り返すことで、
・「このくらいなら大丈夫」
・「これ以上押すと嫌がる」
・「相手に合わせるには少し力を抜く」
という感覚が育っていきます。
これは、いわば対人場面における身体のブレーキです。
(3)「相手を感じる」という経験
背中合わせは「見えない相手に合わせる」活動となります。
顔が見えない状態で、背中の圧、体の傾き、重心の変化を感じながら、相手に合わせる必要があります。
「相手を見る」ではなく「相手を感じる」活動です。
視覚ではなく、触覚や体性感覚を使って相手と関わる経験になります。
(4)相手との距離感を調整する経験
・手をつなぐ活動では、「手を伸ばせば届く距離」を経験します。
・背中合わせでは、「体が触れる距離」を経験します。
・ペアで動く活動では、「相手と一緒に動ける距離」を経験します。
(5)スキンシップによる安心感
先生がいる安全な場で、楽しい音楽に合わせて、短時間だけ、友だちと触れ合うような経験は、子どもにとって、
・「人と触れ合うことは怖くない」
・「友だちと一緒にいると楽しい」
・「体を合わせると安心する」
という感覚につながりやすくなります。
(6)社会性の発達
・誘う
・相手が嫌がっていないか見る
・強く引っ張らない
・離れる時は急に振りほどかない
・相手のペースに合わせる
といった経験ができます。
これはSSTで言えば、かなり重要な基礎スキルです。
(7)情報の同時処理
・音を聞く。
・先生の指示を聞く。
・相手の手の力を感じる。
・自分の体の位置を感じる。
・他の子とぶつからないように動く。
・曲が止まったら止まる。
つまり、聴覚、触覚、固有受容感覚、前庭感覚、視覚、注意制御が同時に働きます。
楽しい間に様々な感覚の統合が行われています。
(8)相手との「境界」を学ぶ
・自分の体はここまで。
・相手の体はそこにある。
・自分の力は相手に伝わる。
・相手にも気持ちがある。
ということを、体験的に学べます。

そして、最後に、先生方にとってのメリット!
見取り
この活動をすることによって子どもの発達が視覚化できるのです。
①音・合図に気づけない子
②体を止められない子
③相手を見ない子
④行動を切り替えられない子
⑤触れ方がぎこちない子
幼児期は前頭前野の発達期ですが、発達には個人差がありますし、発達に課題を持ったお子さんもいます。
そうした子を見取って、活動を続ける中で、発達の経過を観察することができるわけです。
どうですか?
伝承遊びの「なべなべそこぬけ」。
もの凄く奥が深いですよね。
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