講座485 ウェルビーイングになる育て方・後編

前回は、講座484「ウェルビーイングになる育て方」の前編でした。

「未来を生き抜く子育てマップ」にある「3つの能力」のうちの「コントロールする力」を解説しました。

その育て方のスキルとして「足場づくり」を紹介したのですが、覚えていますか?

貴重な動画もありましたよね。

前回解説するのを忘れていたのですが、この「足場づくり」というのは、あのハイスコープ教室においては「足場かけ(Scaffolding)」と呼ばれています。

「足場:Scaffolding(スキャファルディング )」です。

世界共通の「子育てスキル」ということです。

そんな補足をして、今回はいよいよ「助け合う力(向社会的行動力)」の育て方についてです!

 目 次
1.K君からのプレゼント
2.二歳児のK君
3.Tさんの見事な対応
4.向社会的行動力を育てる時の原則
5.無財の七施
6.資本主義経済のスキマ

1.K君からのプレゼント

Tさんの体験エピソードです。

■僕は小さい子に好かれることが多い。

昨晩、仕事から帰宅し、車を停めたところで、お隣さんも帰宅されてお互いに挨拶をした。

僕がプリウスの充電コードを挿そうとしていると、2歳児のK君がトコトコ近づいてきた。

お母さんは「なにかこの子、どうしてもお話したいようで…」とおっしゃった。

「K君こんばんは」と言うと、

「こんしゃんわ」と、返してくれた。

「うわあ。ありがとう!」と返すと、持っていた赤色の車を僕に渡しに来た。

お母さんは驚いて、「この車、絶対に離さないんです。それを渡すって…」と絶句された。

「ありがとう。はい。K君。どうぞ」と、僕はK君に返した。

そしたらK君は「ありがしょう」と受け取った。

僕はニコッとした。

まだまだK君は僕に話したかったようだった。

でも、お母さんはお家に早く入りたそうにみえたので、「K君。またね。さようなら」と手を振った。

そしたら「さよなら」と手を振ってくれた。

ずっとずっと。

ちなみに、K君のお兄ちゃんである5歳児のA君は僕のことを「お父さん」と呼ぶ。

本当のお父さんのことは「パパ」と呼んでいる。

その時、本当のお父さんと僕はいつも笑っている。

「『お父さんじゃないよ』って何回も言うてるんですけど…」と本当のお父さん。

困ってはります。

(紹介終わり)■

2.二歳児のK君

あいさつを返してくれただけで「うわあ。ありがとう!」と言っています。

普通じゃないですよね。

多分、2歳児のK君が、まだ上手に発音できないにもかかわらず、一生懸命に「こんしゃんわ」と返してくれたことに、

(お返事してくれてありがとう!)という気持ちになったのだと思います。

それにしても見事な返しですね。

当然、笑顔で言ってるでしょうね。

そりゃあ子どもに好かれるでしょうね。

K君もすごいです。

2歳にも関わらず《挨拶されたら挨拶を返す》という作法を身につけています。

ご両親がK君を大切に育てられていらっしゃることが伝わります。

この場面だけでも取り上げる価値があるのですが、

それにも増して、もっとすごいのがTさんのその後の対応です。

今回はここを詳しく解説していきたいと思います。

3.Tさんの見事な対応

まずもって不思議なのは、K君はどうして大切なおもちゃをTさんに渡したのか? ということです。

この疑問に対する回答はシンプルです。

2歳児は誰に対しても親切だから

私の孫も今2歳ですが、私に対して「親切」をしたがります。

お昼ご飯を食べている時間に出くわしたなら、

「ジイジ、ここ!」と、私を無理やり横に座らせようとします。

そして、自分が食べているご飯をスプーンで私に食べさせようとします。

母親は、スプーンの共用はダメだとしつけていますので、私はこっそり食べさせてもらいます。
(母親は管理栄養士ですので口内細菌の伝染を心配しているわけです)

でも、孫は、そんなことはお構いなしに、ジイジの口に自分のスプーンでご飯を運びます。

これが2歳児の「親切」です。

どうですか? Tさんのケースと似ていませんか?

私はその「親切」を断るわけにはいかないのです。

Tさんもそうでしたよね。

K君の大事な車を受け取りました。

「ありがとう」と言って、一旦受け取ってから、

それをもらうわけにはいかないので、次の瞬間に「はい。K君。どうぞ」と車をK君に返しました。

ここです。大事な場面です。

この後のK君の行動を覚えてますか?

そしたらK君は「ありがしょう」と受け取った。

渡した車をすぐに返されたのに、「ありがしょう」とお礼まで言って、すぐに車を受け取りました。

それじゃあ、車をあげた行為はなんだったのでしょう?

これが「向社会的行動」です。

K君は「親切」を経験したかったのです。

「親切の敏感期」だからです。

それで、いつもかまってくれる大好きなTさんに「親切」をやってみた。

そしたら、Tさんは見事にその「親切」を受け取ってくれた。

そうです。

Tさんが受け取ったのは「おもちゃの車」ではなく、「親切」だったのです。

そして、その行為を成功させることができたので、K君は「ありがしょう」と言いました。

時間にすれば、数秒間の出来事でしょう。

しかし、分析すれば、そこには大切なスキルが存在しているのです。

4.向社会的行動力を育てる時の原則

向社会的行動というのは、「他者に利益をもたらす意図に基づく自発的行動」を意味します。(出典:森口佑介『子どもの発達格差』2021)

ここで大事なのは、「他者に利益をもたらす」ことではありません。

その「意図に基づく自発的行動」です。

ぶっちゃけた話、「おもちゃの車」をもらっても、「孫のご飯」をもらっても、それは「利益」にはなりません。

大事なのはそこではないのです。

その「意図に基づく自発的行動」です。

幼児のその行動にどう対応するか、ということです。

ここで、人間は向社会的行動をどのように発達させていくのかを見てみましょう。

①家族に対する親切
②友人知人に対する親切
③まったく見知らぬ人への親切
④世の中に対する親切

(参考:森口佑介『子どもの発達格差』2021)

①は1歳頃から芽生えます。

②は3歳頃から芽生えます。

③は、たとえば、電車の中でお年寄りに席を譲る行為などです。

④は、《世の中のためになることをしたい》という親切です。

被災地へボランティアに行くのはこれにあたるかもしれません。

これはまさに「助け合う力」ですね。

そして、ここで私が言いたいのは、このように《親切心(向社会的行動力)は発達する》ということです。

ですから、私たち大人は、初期の段階における子どもの親切心を大切に育てなければならないと考えます。

「そのおもちゃはK君の物だからもらえないわ」などと返してしまうのではなく、

Tさんのように「ありがとう」と言って、受け取ってあげる。

これが向社会的行動力を育てるスキルです。

ここで、向社会的行動力の発達順序をもう一度見てみましょう。

①家族に対する親切
②友人知人に対する親切
③まったく見知らぬ人への親切
④世の中に対する親切

(参考:森口佑介『子どもの発達格差』2021)

一見すると、子どもはこのように、《親切の対象を広げて成長する》というように見えます。

しかし、向社会的行動力の発達順序には、思いもよらぬ原則が存在しているようです。

向社会的行動をし始める1~2歳頃は、子どもは誰に対しても親切なのです。ところが、年齢とともに様々な経験をする中で、向社会的行動を誰に対してするべきで、誰に対してするべきでないかを学んでいくのです。(前掲著)

つまり、子どもは成長とともに親切の範囲を広げていくのですが、1~2歳頃の「誰に対しても親切にする行動」は消え、《こういう場合には親切にしなくていい》ということを学びながら発達させていくということなのです。

たとえば、スプーンを落とした人がそばにいたら、拾ってあげようという親切心が働きますが、

それが、わざとスプーンを落とした人だった場合には、拾ってあげようとは思いませんよね。

それが世の中というものです。

「向社会的行動力(他者に利益をもたらす意図に基づく自発的行動力)」は、このようにちゃんと、現実世界に対応できる形で発達していくことがわかっているようです。

それならば、どうして「誰に対しても親切にする時期」があるのか?

これにもきっと意味があるはずです。

誰に対しても親切にすることで得られた成功体験が、その後の向社会的行動力の土台となる

私は多分これだと思うのです。

森口氏は次のように報告しています。

実際に、2歳くらいの子どもは、他者にご褒美をあげる際には、自分がもらう際よりも、笑顔を示すようです。(文献:Aknin, L. B., Hamlin, J. K., & Dunn, E. W. (2012). Giving leads to happiness in young children. PLoS one, 7( 6), e 39211.)

つまり、誰かにほめられるから親切にするのではなく、自分が嬉しいから親切にする。

これが、向社会的行動力の原点です。【内発】

そして、子どもは、年齢とともに、様々な経験によって、「誰に対して親切にすべきか」を学んでいく。【外発】

これがマップの中にある「内発から外発へ」ということの意味です。

5.無財の七施

今回は、「未来を生き抜く子育てマップ」をもとにして「助け合う力」の育て方を解説してきました。

最後に、「無財の七施」と「資本主義経済のスキマ」に関して補足して終わります。

「無財の七施」は「むざいのしちせ」と読みます。

これは『雑宝蔵経』という仏教の経典に出て来る教えです。

仏教には、《施しを受けた人よりも、施した人の方が幸せな気分になれる》という考え方があります。

これはまさに、2歳児の向社会的行動と同じです。

そして、その「施し」の具体的行動を7つ挙げているのが「無財の七施」です。

「無財」というのは、《地位やお金がなくても誰でもできる》という意味です。

その「誰でもできる向社会的行動」を紹介します。

(1)眼施(げんせ):やさしいまなざしで人に接すること

(2)和顔悦色施(わげんえつじきせ):にこやかな顔で接すること

(3)言辞施(ごんじせ):やさしい言葉で接すること

(4)身施(しんせ):自分の身体でできることに奉仕すること

(5)心施(しんせ):他のために心を配ること

(6)床座施(しょうざせ):席や場所を譲ること

(7)房舎施(ぼうじゃせ):自分の家を提供すること

ここでは一つずつの解説は割愛させていただきます。(詳しくはコチラ→「慈悲の実践~無財の七施~」)

こうして読むと、《こんなことが向社会的行動なんだ!》と気づかされる項目もありますし、

《これはちょっとレベルが高いかな?》と思える項目もあります。

いずれにしても、これらは自発的行為ですから気にする必要はありません。

今回の記事は、こうした行動も「向社会的行動」なのだということを確かめるために書きました。

《育てる》《育つ》という視点からです。

補足:昨夜『子どもと女性のくらしと貧困』という本を読みました。(7)の房舎施(ぼうじゃせ)は、現代で言えば《居場所を提供する》ということだと悟ったところです。

6.資本主義経済のスキマ

最後に「資本主義経済のスキマ」についてです。

これは近内悠太氏の『世界は贈与でできている・資本主義の「すきま」を埋める倫理学』という本に出ている言葉です。

今、私たちが生きている世界は「市場経済社会」です。

民主国家も独裁国家も「資本主義」を採用している国がほとんどだと思います。

簡単に言えば、《売り・買い》の世界です。

そこでは、お金を計算して出した《利益》が重視されます。

でも、そんな《掛け値》ばかりの世界がこれからもうまく回って行くのだろうか? という不安があります。

資本主義は実験中のシステムですから。

そこで考えたのが《掛け値なしの助け合いが無ければ世の中はうまく回らないのではないか》ということです。

現代社会にも「見返りを期待しない行動」は存在しています。

そういう「見返りを期待しない行動(助け合い)」が存在しなければこの世の中は回らないのではないかと考えた時、

それを動かしているのは私たちの「向社会的行動力」です。

それが近内氏のいう「資本主義経済のスキマ」です。

それは、簡単に言うと「プレゼント」です。

プレゼントというのは、「見返りを期待しない行動」です。

だから、もらった方は特別に嬉しくなります。

そして、贈った側も嬉しくなります。

「お布施」と同じです。

これがどうして「子育て」と関係があるのかというと2つあります。

①助け合いが資本主義経済のスキマを埋めているのだとしたら、現生人類は「助け合う力」を育て合わなければ、この仕組みは近いうちに破綻するかも知れない。

②人類の「子育て」という営為は、「見返りを求めない助け合い」があって、うまく回るシステムであったはずである。

近内氏の言を引きましょう。

子育てや互いの生存のための信頼のできる仲間。見返りを求めず助け合える関係性。
僕らは、僕らが人間となって文字通り立ち上がった瞬間から、つまり、人類の黎明期の一番初めから、「他者からの贈与」「他者への贈与」を前提として生きてゆくことを運命づけられてしまったのです。そして、そのような仕方で僕らはかろうじてこの世界を生き延びてきました。
(前掲著)

この考え方に立てば、子育てをされているシングルの方々が福祉やNPOなどに「助けを求める」のは当然・自然なことです。

子育ては、人類が二足歩行をし始めた時から「助け合い」を前提としていました。

しかし、現代社会では、日本を含め世界各地において、子育てが孤立しています。

仕組みが足りないのです。

社会が未成熟なのです。

その仕組みをつくるためには、「資本主義経済のスキマ」という視点が、現時点では必要だと思います。

「助け合い」の仕組みづくりです。

システムです。

でも、システムも必要ですが、人としての能力も備わっていなければいけません。

その能力が「助け合う力(向社会的行動力)」です。

そして、この能力には「育てるためのスキル」があります。

そのスキルの一端を、今回の記事で紹介しました。

投げ銭をする

水野 正司

子育て応援クリエイター:「人によし!」「自分によし!」「世の中によし!」の【win-win-win】になる活動を創造しています。

おすすめ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です