本の紹介

『自分の中に毒を持て』

投稿日:2020年9月7日 更新日:

今でもよく覚えている。
はじめ、家のすぐ近く、青山の西南小学校に入学した。
胸を弾ませて一年生の勉強に取り組んだのだが。

ある日先生が
「お前たちの中で一、二、三の数の書けるものがいるか」
と質問した。

今は幼稚園に入るための塾さえある時代だ。
小学生になって数も書けないなんて、考えられないことだろうが、
その時分は学校に入るまで字なんか読み書きできない方が普通だった。
誰も手を挙げない。

ぼくはインテリの家に育って、本なんかも自然に読むようになっていたから、
一、二、三なんてお安い御用だ。

「ハイッ!」

勢いよく手を挙げた。
先生はオヤッと言うような、ちょっと意外そう、いぶかる顔をした。

「書けるのか。出て来て書いてみろ」

ぼくは黒板の前に進んで行って、白墨をもらい、

一、二、三…

一生懸命書いた。
四を書き上げたとき、

「ほうら、違うじゃないか!」

思いもかけず、トガッた先生の声がとんで来た。
びくっとしてふりかえると、

「四は、こう書くんだ
「お前は四角を書いてそれから中を入れたじゃないか。
 それでは違う。なんだ書けないくせに!」

まるで悪いことでもしたように、憎々しげに、頭ごなし。
ぼくは何で怒られたのか、わからなかった。
四は四だ。ちゃんと書けたじゃないか。
書き順が違っていたら、それは本当はこう書くんだよ、
と優しく教えてくれればいい。
それを、大人だ、先生だと思って威張りくさって!

ぼくはそれ以来、その先生の態度を信用できなくなった。
学校に行くのがいやで、いやで仕方がない。
母親は

「学校に行きなさい!」

と怒る。
家を追い出されると、小学校の一年坊主にはどこにも行き場所がないのだ。
のろのろ歩く。
いくらのろのろ歩いても、もうすぐ学校に着いてしまう。
それで道ばたにしゃがみ込んで、暗い思いで小さなドブをのぞき込んだ。
細いドブに赤やオレンジの藻のようなものがゆらゆらしていて、
何かのごみがすうっと流れて行ったりする。

絶望的だった。

そのうち近所の親切なおばさんが

「坊やどうしたの。何か落としたの?学校に遅れるよ」

と声をかける。
それでもじっとしているわけにはいかないから、
仕方なく立ち上がって、また歩きだす。

いやいや学校に着くと、もう授業は始まっていて、校庭はシンとしている。
声を揃えて教科書を朗読しているのが聞こえてくる。

そーっと一年生の教室の戸をあけると、

「なんだ、また遅れて来たのか。うしろに立っていろ!」

何もわからないで先生はどなるのだ。

岡本太郎『自分の中に毒を持て』104ページ

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